第57話 地上階のご近所さん その1

文字数 1,029文字

 私のアパルトモン(マンション)は階段しかなかった。多分。そもそも私は地上階《レッドゥショッセ》(日本で言う一階の住人だったので、階段も登ったことがない。

 壁は階段があったせい? で壁は接していないが、隣は何かの工房で夜は誰もいなかった。向かいの部屋は縦長で、私の小さな部屋と工房と階段の長さを足した長い部屋だった。そこへ若い二人が引っ越してくることになると言うので、工事をずーっとしていた。

 ある日、ノックをされて、開けてみると、電気を貸してくれ、と言われた。工事現場の人が電鋸を使う? か何か、電気が必要なのに電源がまだ開通してない、とかで、私の小さな部屋の電源を使わせて欲しいと言った。

 最初はまぁ、いいかと思って使わせていたが、二回目もあった。冷静に考えると、なぜ隣の部屋の工事の電気代を私が払わなければいけないのだ? となる。フランスは電気代が高い。私は暖房費を削ってまで、必死で電気代の節約に努めていたのに、なぜ知らない人の部屋を綺麗に(しかもあちらの部屋の方が絶対的に素敵なのだ)するための電気代を払わなければならない? と思って、

「もう出ていく時間だから…」と言って、電気を供給するのをやめた。

 すると工事をしていた親父は「この家は鍵が一箇所だからつけてやろうか?」と言う。そんなこと大家に断りもなくできないし、そもそも私の持ち物は保険会社が呆れるほど、高額商品は何もなかった。

 断ると、なぜか私のことを
「ポルトガル人か?」と聞いてきた。

 日本にいる時は沖縄の人か? と聞かれるほど、顔が濃い。(しかし、言うほど、沖縄の人って顔が濃くないよね?)黒人に「英語喋れそう」と言われるほど、顔が濃い。いや、それ、英語喋れるか関係ないから。

 でもフランス人には「ポルトガル人?」と聞かれるので、不思議だった。私は地下鉄の窓の映る自分の顔を見て、平たく感じ完璧に東洋人だ、と新しい感動を覚えていたからだ。
 しかしなぜポルトガル?
 調べたところ、どうやらポルトガルは所得も低くて、フランスにメイド? お手伝いさん? 家政婦のような仕事のためにフランスに来ている人が多いらしい。

 パリのアパルトモンの屋根裏部屋はそういうお手伝いさんの部屋と言われている。私は地上階だけれど、そのお手伝い部屋に住むSさんの部屋より狭いのだ。

 そう言うわけで私が出稼ぎに来たポルトガル人かと勘違いしていた工事の親父さんだった。いや、そんな人から電気借りるなよ、と心で毒づいた。








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