第59話 地上階のご近所さん その3

文字数 1,782文字

 地上階のご近所さんに「今度、彼女が来るから、お家に来てよ」と言われた。
 正直、そんなに仲良くしたいとは思わなかったが、私のささやかな電気代(しつこい)を使って、改装されたアパートは見てみたかった。

 そう言うわけで、「お宅拝見」。今更だけど、私はパリ15区のブシコーという駅から徒歩10分くらいのアパートだった。本当はもう一つ先のルーrメルと言う駅が最寄りだが、ブシコー駅の方が流行っていたので、そこからいつも歩いていた。地下鉄の8番線はオペラ座にも一本で行けるので、とても便利な路線だと思う。
 
 多額の現金は怖かったので、アメックスのトラベラーズチェックを持って行っていた。オペラ座の近くに換金所があったが(多分、今はもうない)、そこは手数料無料で現金化してくれるので、よく通っていた。
 その窓口のおっちゃんに
「どこに住んでる?」
「15区」
「駅はどこ?」
(やだ、何? 早くお金を交換して)
「ブシコー」
「ブシコー、ブシコー。みんな太ってて、あそこは鳩も太ってる。鳩でさえも!」と言われた。
(え? 私、太ってるって言うこと? 何が言いたいの?)

 15区は落ち着いた区域で、住人が割と多い場所だから確かにレストランもそこそこある。しかし超高級住宅地とは違う。それなのにひどい言われよう。

 色々思っているうちに換金してくれた。帰る時はにっこり「良い一日を」って言われたけど、あれは一体、なんだったんだろう。

 と言うわけで、アメックスの窓口のおじちゃん曰く、みんな太っているブシコーの駅から徒歩十分。確かにブシコーは観光客が来ないのに、駅の近くにダロワイヨなる名店もあるし、比較的生活に余裕のある人が多いのかもしれない。 

 そんな駅から徒歩10分のところに新居を構えた彼(名前忘れた)。きっと前途洋々なんだろう、とお菓子を買って、
「突撃、(本当に)隣の晩御飯(はなかった)」とワクワクしながら呼び鈴を鳴らした。

 扉が開かれ、そこは素敵な部屋が広がっていた。広いリビングとキッチン。ズドーンと横長の構図。
「わぁぁぁ」
「他の部屋も見る?」
「いいの? 見たい、見たい」
 厚かましく全ての部屋を見せてもらった。寝室まで。もちろんお風呂はバスタブ付き。
(ふ、フランス人のくせに)とワナワナ震えたのは内緒。
 しかもこの家のすごいのは地下室があって、オーディオルームになっていたのだ。(地下室で、パーティすればよかったのに)
 フランス人は意外? ではないか、部屋がとっても綺麗なのだ。部屋を飾ることは生活の一部だし、絵を飾ったり、花を飾ったりすることは特別ではない、日常の一部なのだ。だから彼の家もシンプルでありながら、とても綺麗にされていた。

 私の目的は達成された。ささやかな私の電気代を使って、改装されたアパートはとっても素敵だった。自分の家に帰りたいが、そう言うわけにもいかない。
 なぜならフランス人はおしゃべりだから。
 おしゃべりしたいから、呼ぶ。

 そうこうしているうちに、婚約者の彼女が仕事から帰ってきた。フランス人の女性は意外とこざっぱりした装いをする人が多い。彼女もそういう感じだった。
 お互い挨拶をして、色々話をしたが、なんと、彼は日本人と付き合っていたことがあるらしかった。そして元カノの写真を見せられる。見せられたとて、別に知り合いでもなんでもないので、どういう感想もないし、彼女を目の前に「綺麗な人ね」も言えるはずもない。
 フランス人の彼女を前に何だか気まずくなる私。(早く帰りたい)
「でも最終的にはフランス人の彼女を選んだんでしょ? もうすぐ結婚するんでしょ? おめでとう」と一気に捲し立てた。
 彼女も嬉しそうに
「勝ったー」と言っていた。

 そして適当にワインを開けて、お暇することにした。帰り際に彼がぼそっと
「ちょっと彼女、心の病気なんだよね」と言われた。
「…え? あ、そうなの? まぁ…でも…お幸せに」としか言えなかった。
 フランス人は心の病気の人が多いな、という印象だったが、今の日本と変わらないかもしれない。あの頃の日本はまだメンタルの病気と言うのがあまり公にされていなかった。

 小さな部屋に戻って、一息つく。広くて、綺麗な部屋とは見違えるほど違いがあるが、安心する私の世界だ。しかし最後に爆弾落とされたな…とため息をつきつつ、切にうまく行くことを願った。

















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