第53話 ドアをノックし続ける

文字数 1,491文字

 年下のSちゃんは綺麗で色気のある顔をしているが、色々ぶっ飛んでいて、酔っ払って、カバンを無くして鍵も無くして、家に入れずに困ったとか、ベトナムのフォーも大して金額の差がないから、いつも大きな方を選んで食べると言う。酔っ払って、いつものように大きい方を食べて、吐きそうになったが、「もったいないので頑張った」と言った。勿体無いの使い所がなんか、違う気がしたが、誇らしげに言っていたので、それは彼女にとって良いことだったんだろう、と思うことにした。
「食べれる時に食べておく」
 本当に心の底から芸術家になろうと覚悟をしていた。お金がなくても、絵を描こうと常に考えている人だったから、食べることは二の次で、いつも一番安いスーパーで食パンを一斤買い、それを食べて、なんとか凌ぐという生活も苦ではなさそうだった。
「あのパン、全然カビが生えなくて、怖いんだけど」とは言っていたが。
 そういう生活をしているから、ズボラのように思われるかもしれないが、特に高い服とか着ないが、いつもおしゃれをしていた。下手したらすっぴんで過ごしてしまう私よりおしゃれで、いつも綺麗にお化粧もしている。
 イヤリングにアイシャドウの色が合っていて、いつも見るたびにおしゃれだ、と思っていた。

 その上、綺麗な顔立ちなので、モテたから恋多き女性だったし、恋愛話が大好きで、私があまりにも恋愛話がないので、服に長いリボンがついてるのを「どうしてか?」と聞くから「これで男を捕まえる」と冗談を言うと、それが楽しかったようで、みんなに言っていた。
 
 豪快な生き方と、お淑やかそうな美人の見た目が全く違うのだが、彼女といて、楽しかったし、どんなことがあっても「生きていく。そして絵を描く」という力強い思いは本当にすごいエナジーを感じた。

「絵で絶対生きていく」

 そう思う彼女の強さが眩しくもあった。

 そんな彼女に誘われて映画に言った。「ヘドウィッグ アングリー1インチ」という映画だった。英語音声、フランス語字幕というなかなか内容を理解するのには難しかったが、私は見て良かったと思える内容だった。
 東ドイツの男の子がアメリカ軍人に見初められて? 性転換手術を行い、ちょっと残ってしまった男性の証。彼の夢はロックスターだった。アメリカに軍人と米国へ渡るも捨てられて…。
 そこからロックスターになろうと努力するも仲間に自分の曲を持ち逃げされ、しかもその曲で相手は成功し、自分達はそのコンサートの近くの小さな箱でライブを行う腹いせのような行為を続ける。
 でもある日、(ちょっと忘れた)なぜか自分とそののしあがった人物との関係が表沙汰になって…、というストーリーだった。
 何が良いって、まず曲がよかった。メロディラインが素晴らしい曲が多く、何だか彼を応援したくなった。
 最後はちょっと寂しさも感じるけれど。誰しもが持っているような虚しさを感じた。

 そんな映画を二人で見て、ちょっとわからないところは「こう? であってる?」みたいな話をしながら帰る。

 Sちゃんはいろんな情報を知っていて、面白い映画や、企画展があれば出かけていた。誘ってくれることもあったし、一人で出かけることもあった。

 なんというかエネルギーの塊のような人だった。彼女の前に立ちはだかる壁があったとしてもものともしないところがある。
 ドアをノックし続ければ、ドアがいつか開くんだ、ということを見せてくれた人だった。
 私がフランスから帰国した後だったけれど、いろんな賞に入賞して、アーティストビザでフランスにも滞在していた。
 もちろん今も絵を描いて、画家として暮らしている。

 









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