第43話 市役所のストライキ

文字数 1,118文字

 フランスでは労働者の権利が大切に守れているから、ストライキはよく起こる。国鉄であろうが、市役所であろうが、流石に警察はないけれど、ストをする。
 そうは言っても、近年では会社でストをするのが難しいようでパリの地下鉄でストが起きた時、自分たちの代わりにストを起こしてくれた、と言って、かなり不便なのに文句を言わずにパリ市民が耐えたことがあった。
 それほど、ストは日常に存在するもので、労働者の権利なのだ。

 国鉄がストをされると私はトゥールから一歩も出られなくなる。どうか、ストが起きませんように、と願った。実際、私がトゥールにいる間、国鉄が二回ほど、ストを起こし、トゥールからでられなくなったことがある。別にその時は、市外に用事があった訳ではないけれど、私はそれだけで気分が滅入った。
 私がついにパリに移動する数日前から国鉄ではなく、市役所がストに入った。市役所に提出する書類はなかったけれど、市役所のストは市民には大変だっただろうと思う。
 私はこのトゥールで楽しいこともあったが、大家との対決もあったりとやはり辛いこともあった。だから少しも感傷的な気持ちにはなれなくて、国鉄がストじゃなくてよかった。ただそれだけだった。
 駅に向かうまで私はスーツケースをゴロゴロ転がして、歩く。マダムが送って行きたいけれど、時間がないとかなんとか言っていて、私は最初からあてにしていなかった「うん。大丈夫」と言って、ゆっくりと歩いて行った。

 トゥールに来て、割と序盤だった頃に、チーズケーキと間違えて買ったフランというお菓子。見た目はそっくりなのに、味は甘くてカスタードを固めたお菓子だった。きゅうりと間違えて買ったズッキーニを生で食べて、驚いたり…。独特な味わいと香りのヤギのチーズのシェーブルにも出会えた。いまだに苦手だけれど。
 初めてのフランス生活で間違えたことも嫌なこともたくさんあった。間違えたことで、覚えることもたくさんあったし、腹が立つことでフランス語も上達したこともある。たくさんつまずいたからこそ、得るものも多かったはずだ。

 いろんな人、国、もちろん同じ日本人にもたくさんの出会いも別れもあって、それでも私はせいせいとした気持ちでこの街を出る。

 パリに行ったら、きっと楽しいだろう、と。
 半年間、トゥールでお世話になった街をゴロゴロとスーツケースを引っ張りながら駅まで歩いた。

 市役所がストをしているせいで街はゴミが溢れていた。ゴミ収集車が来ないのだ。女性の衛生用品がそのまま道に転がっている。お正月が近いけれど、このままなのかもしれない。

 私はかなり乾いた気持ちでトゥールを後にした。

「二度と、来ない」と思って。
 アデュートゥール!






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