第74話 パリの病院

文字数 1,787文字

 滞在許可証に必要なものとして、留学生用の病気、怪我に備えた保険が必要になる。日本で入るのだが、一年間の保険料は恐ろしく高い。当時でもまぁまぁするけれど、今調べても高い。
 使わなければ、それはそれでいいのだが、なんとなく勿体無いような気持ちになってしまう。健康体だったので、風邪を引く事もなく、病院とは無縁だった。

 ところがパリに来て、足にプクッと膨らみができた。一体、なんだろうと思って、押してみるけれど、痛くもなんともない。しかしプクッと四センチくらいの膨らみがある。
「どうしよう。ここで…難しい手術とか…になったら」と急に不安が膨らんだ。
 私は妄想癖なので、すぐに悪い方へと想像が働く。友達にも見せて、自分だけの思い込みではないことを確認すると、初めて病院に行くことにした。
 保険会社と提携していた病院はアメリカンホスピタル。
 保険会社を通して、予約してもらい、診察してもらうことになった。パリにあるのにアメリカンホスピタル。なんだそれ。
 そう思いながら、私はてくてくと病院まで歩いて行った。
 病院に着いた時、驚いた。これほどまでに豪華な施設とほぼ縁がない私は足が震えた。超高級ホテルのような受付で私は狼狽えてしまった。すると五、六人の黒いスーツを着た、揃いも揃ったイケメンたちが近づいてくる。
(パリのイケメンはゲイ)と言うお得意の謎の呪文を唱えるが、五、六人の迫力はすごい。
 映画? 映画の撮影中ですか? とすら思ってしまう。
 このイケメンはあまりにも場違いな私をつまみ出そうとしているのかもしれない、と焦ってしまった。
「私は謎のできものが!」と言いかけた時、
「何かお困りですか?」と言われた。
 このイケメンスーツ軍団は受付までの案内係の人だったのだ。
(え? 案内係がイケメンとか…そんな必要ある? 何これ? 待って、私、間違えた施設に入っていない?)
 現実があまりにもぶっ飛んでいると、その現実を受け付けられなくなってしまう。
「よ…予約があります」と何とか言ってみると、イケメンは輝かしい微笑みで案内してくれた。
 イケメンの案内係の病院…ぜひ日本にもできて欲しい。

 何これ。私はお城の舞踏会に来たのかしら? イケメンにエスコートされて、予約受付に行く。残念ながら、イケメンのエスコートはそこでおしまいだった。予約受付されると場所を案内されて、そこまで歩いて行った。
 豪華な受付とは違って、病院の中は雰囲気のいい学校の様な作りだった。廊下で待っていると、予約時間に呼ばれて、先生に会う。
 先生は…イケメンではなかったが、感じの良さそうなおじちゃん先生だった。症状を何とか伝える。診察台で足のプクを押されて「痛い?」とか聞かれて「痛くない」と答える。
「うーん。これはねぇ…大丈夫。脂肪だから」とちょっと悲しいことを言われた。
 脂肪…。脂肪が何からの何か(ここは何を言われているかわからなかった)で固まったらしい。
「手術とか必要ですか?」
「手術? いらない」と言いながら、赤ペンを出して、私のプクを点々で囲む。
(手術いらんって言うたのに、まさか、切る気?)と私は思わず唾を飲み込んだ。
 そして囲まれた点々ににこちゃん顔が付け足された。
(え?)
 どうやら先生は、大丈夫と言う意味でこの絵を描いてくれたらしいが、私、これから地下鉄に乗って帰るんだけど…と心の中で呟いた。
 私が呆然としていると
「大丈夫だから」とまた言われる。
「…ありがとうございます」と言って、診察台から降りた。
 そして何を思ったのか今更年齢を聞いてきた。
(カルテ…見てないのか)
「二十八歳です」と言うと、先生は固まっていた。
 そう二十八の足ににこちゃんマーク。あぁ、二十八に見えなかったんだな。日本人だから仕方ないよな…ってこの足で地下鉄…。まぁ、いいか。フランス人は気にしないから、私も気にしない。
 まさか十代と思われたのか? 治療はにこちゃんマークを描かれただけだった。薬もなかった。

 そして受付に戻って、支払いは保険会社からダイレクトに支払われるので、(一体、いくらだったか忘れたけれど)払わずにそのまま帰ることになった。帰りのロビーにはもうあのイケメンたちはいなかった。
 
 パリ郊外にある素敵な病院。そしてにこちゃんマークの私の足。何だかおかしくて、帰り道は落ちている落ち葉を踏みながら帰ってきた。












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