第8話 エクサンプロバンスのフォアグラ

文字数 1,598文字

 エクサンプロバンスはセザンヌのアトリエがある。私はそこへ行ってみたかった。

 あと、フランス人にはエクサンプロバンス=セミというイメージがあるらしくて、それが素敵な夏の音だと思っているらしい。日本の茹だるような暑さの中で鳴く耳がジンジンするような蝉ではないのだろうか? 素敵な音だと思われているらしい。

 確かにエクサンプロバンスで耳を塞ぎたくなるような蝉の声を聞いていない。

 一人で出掛け、宿も予約していない。でも観光案内所というところで、宿の予約もしてくれる。まずは街に着いたら、観光案内所に向かう。そこに行けば無料の街の地図ももらえる。

 観光シーズンだから長蛇の列だった。私はそこに並んで順番を待つことにした。エクサンプロバンスはニースの開放的な空気とは違って、静かで素敵な街並みだった。

 ようやく自分の番になった時、
「ボンジュー」と言うと、私を見て「日本人の担当者、昼から来るから、その頃来て」と言われた。
 エクサンプロバンスの観光案内所で働く日本人がいた。海外で働くなんて、すごいと思った。

 でも言葉が通じるというだけで、本当にスムーズに進む。予算を伝えて、探してもらう。当時はネット予約というものなかったので、電話してくれていた気がする。(ちょっと覚えていない)

 宿が見つかったということで、私はお礼を言って観光案内所を出た。
 日本語を喋れる人がいるなんて…と思いながら、宿に向かう。

 宿で宿泊手続きをした。受付の男の人に色々と話しかけられる。アジア人の女の一人旅だというと、割と話しかけられる。(ほぼ体目的。いや、もしかして本当に突然のフォーリンラブが始まるかもしれないが、私は堅物女なのでその可能性は考えられない。でももしかしたら、すぐに恋に落ちる、いつでもその可能性を持っている国民性かもしれないけど。おーシャンゼリゼという歌もそんな感じだったな…)

 宿に荷物を置いて、早速セザンヌのアトリエに出かけた。高校の美術の先生にセザンヌのアトリエにはりんごが置いてあって、ダメになったら取り替えられると教えてもらった。本当に置いてあった。
 セザンヌを特別好きなわけではないけれど、私はこのアトリエで絵を描いていたんだな、と思いながら眺めた。

 バスの長旅、観光案内所での長蛇の列、そしてセザンヌのアトリエ見学で、少し疲れたし、お腹が空いた。

 フランスのカフェはいつも開いているが、時間帯でご飯を提供する時間は7時かららしい。六時半にご飯を食べたい場合はどうしたらいいんだ、と思って勝手にテラスの椅子に座る。
 それでも何も言ってこない。しばらくぼんやりして時間を待つ。
 お店の人もテラスに座っておしゃべりしている。7時になって、ようやくメニューを持って来てくれた。

 何を食べようかな、と思って、メニュを見る。よく分からない中にフォアグラサラダというものを発見した。フォアグラと言う割にお得な価格だった。私はそれを注文した。
 飲み物はペリエか何かにしたはずだった。

 そのフォアグラサラダは驚くべき量だった。フォアグラは分厚いわ、大きいわで驚いた。そして生フォアグラだった。一口食べた時は濃厚な味わいとまったりした食感が口に広がって、美味しさに感動した。こんな美味しいフォアグラ…と感動したが、いかんせん大きさが企画外すぎて、だんだん胸が苦しく鳴る。
 そしてその下に敷かれたサラダは終わりのない緑。もぐもぐ食べても少しも減らない。
「私はウサギ」
 もぐもぐ
「私はウサギ」
 もぐもぐ
「葉っぱが大好きなウサギ」
 もぐもぐ

 ウサギになった気持ちで食べたものの、フォアグラもサラダも一向に減らない。多分、半分も食べられなかったのではないだろうか。フォアグラで胸が辛くなり、サラダでお腹が苦しくなる。
 何だか、負けた気がした。(何と戦っていたのかはわからないけれど)

 そんなこんなで宿に向かって、眠った。









 









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