第84話 アムールの国

文字数 2,099文字

 フランス語の小説を読むのはハードルが高いので、雑誌を買ったりしていた。いろんな雑誌を買ってきて、よくわからないまま、日本で言う週刊誌を買ったことがあった。
 適当にめくっていたが、どうしてもわからないことがあって、たまたま遊びに来ていた環に
「これ、何? どうして洗濯機の上に男女が座ってるわけ?」と聞くと環も首を傾げた。
 それ以外にも不自然な形の男女の絵があって、私は「なんだ、これ?」と思いながら、ページをめくった。

 しばらくして、それがいつもフレッシュな恋人でいるための、ちょっとした特別感があるセックスの方法だと分かった。
「環、分かった! これ、あれだ!」
「え? …でもなんで洗濯機?」
「だから洗濯機の振動を利用して…」
 大爆笑する二人。フランス人の底抜けのアムールに対する情熱を知って、大笑いする二人。失礼極まりない。
「洗い物してからスタートするの?」
「ってか、フランスの電化製品壊れやすいイメージだけど、大人二人が乗って大丈夫?」
「絶対、壊れるでしょ」
「…いや、さすがだと思った。それに対する追求が半端ない。家電を壊す可能性があったとしても、未知の世界を探りたいんだよ」
「…」
「……」
 アムールの国に対して、何というか、嘆息しかできなかった。
 日本も古来から色々あるらしいで、何というか、もしかしたら同じ側の人かも…ですけどね。

 今回は内容が濃いのと、まぁ、私の実体験がたったこれ(雑誌を読んだという)だけ、ということなので、これ以上書きようがないのでございます。なので、ついでにアムール関係の話をつらつら書きます。

 ポンデザール(芸術橋)というところに南京錠がかけられ始めていた時期で、まだそんなにたくさんの南京錠はなかった。恋人たちが永遠の愛を誓うというので、南京錠を橋の金網につけるということが流行り出した時だった。まだそんなに多くはなかった。
 歩行者専用橋だから、ピクニックができるというので、一度、画家のSさんとピクニックをしたことがある。フランスに来て、一番素敵だなと思ったのは、カフェでも空の下で飲食できることだった。橋の上でピクニックはおかしいような、パリだから気にならないような不思議な空気感の中で、青い空の下、川の風を感じるのは気持ちがよかった。
 後に南京錠がかけられすぎて、今は違う姿になっているらしいけれど、あの金網の橋は風が通って心地よかった。

 セルジュ・ゲンスブールの家は落書きし放題と言う。日本語でもたくさん書いてあった。今見たら、カラフルなことになっているが、私の記憶ではモノクロで文字がいっぱいだったような気がする。(なんせ記憶が改竄されていることはあり得る)
 私も何か書こうとは思ったが、何を書いていいのか分からずに、でもちょっと落ち込んだ時は一人でこの壁を見に来た。この壁を見て、なんでだろう、別にゲンスブールが好きでもなんでもないのに「頑張ろう」と思って家に帰った。

 彼の有名な「ジュテーム…モワノンプリュ」もフランス語の意味が分かっても、意味がわからない歌なのだ。
 ジェーンバーキンが「好き」と言って、ゲンスブールおっさんが「俺は好きくない」と言っている。そこに喘ぎ声が入る。
 謎である。いや、性行為の歌だというのは分かるけど、あんなに可愛いジェーン・バーキンが「好き」って言ってるのに、なんでゲンスブールおっさんが「好きくない」で、性行為が行われるんだ?
「好きくない」って言われて、なんであんな可愛いジェーンバーキンが燃え上がるのか、さっぱり分からない。
 そんな会話で私、小説書けんよ?

 それはフランス風の愛し方なのか、受け答えなのか。なんにしろフランス人はケチをつけたがる習性がある。何を言っても
「メ(しかし)ウイ(そうだね)」とか
「パマル(悪くない=結構な褒め言葉)」とか。
 語学学習者にはちょっとそのエスプリが効きすぎて分からないことがある。
「ジュテームボクー(めっちゃ好き=友達として最高)」とか意味が分からん。
 恋人にいう時はボクー(めっちゃ)をつけてはいけないらしく「ジュテーム」のみらしい。
 日本語だったら「大好き」は大好きなのだから。
 そういったこんがらがった言語だからなのかもしれないけれど、それにしたって…って「ちょっと…」って思う歌なのだ。
 だからゲンスブールに対して、色々思うことがあるのにも関わらず、私はなぜかその家の壁に時々会いに行っていた。

 ジェーン・バーキンとのラブラブな写真を見て、別れても「彼を尊敬している」という彼女に尊敬する。私はそんなことを言えなかったし、思うこともできなかった。
 詳しくは彼のことを知らないが、女好きで、かつモテおっさんというイメージしかない。その貧弱なイメージのおっさんの家に行って、壁を見て、どうして元気を出そうとしていたのか謎だったけれど、私は二、三回は何の用事もないのに、壁に通ったことがある。その先を歩くと、パリジェンヌの憧れ、マルニのブティックがあった。そこを抜けるとサンジェルマン。学生が多く、活気溢れる道に出る。
 ふとそこで、現実世界に戻ったような気持ちになっていた。



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