第64話 フランスで美味しく。

文字数 1,919文字

 私は料理が苦手だ。なぜなら母がものすごくできる人だったから。出汁も鰹や昆布、煮干しから取るような人で、夏には水羊羹を小豆から作ってしまう人だった。そしてそれは本当に美味しくて、少しざらっと舌に豆の食感は残るが、それがまた美味しくて、好きだった。だからプロ級の腕前を見て、あんなことできない、と白旗を上げていた。
 大学の頃、向田邦子が好きでよく読んでいたのだが、彼女も食べること、作ることが大好きな人で、よく料理について書かれていた。私はその話を読んでいる途中で「もう…無理だ」と目を閉じて眠ってしまった。
 向田邦子さんは大好きだけど、料理は…苦手だ、と夢の中で思っていたからだろうか。ふと向田邦子さんが現れて、
「ねぇねぇ、絵を描くでしょ? 赤に青足して、紫になるでしょ? 料理も同じで、色々足して味を作るの。そんなに難しくないのよ」と私に言った。
「確かに絵の具は色を足して作るけど…」と言ったものの、味の重ね具合なんてわからなかった。
 でもなぜかこの夢は本当にはっきりと覚えている。

 そんな私がフランスに行って、ホームステイを経験して、驚いたことがある。結構、調理器具がたくさんあるのだ。包丁にしろ、カット器具にしろ、あれこれあって、みんなそれを使ってやっている。
 そしてオーブンの存在。
 オーブンがあるから、「焼けるまで前菜でも食べておきましょう」と言った感じで、お母さんが一人、あくせく料理を作って、って言う感じが全くない。
 なんなら、オーブンで焼いた丸焼鳥をカットするのはお父さんの役目だったりする。丸っと焼いてからカットするのだから、特に大変なこともない。
 それにソース文化だ。一般家庭だとそんな大それたソースを作るというわけでなく、ただ塩胡椒、ニンニクで焼かれた鳥をマスタードにつけて食べるだけなのだ。
 それでも十分美味しい。

 日本だと肉じゃがですらいろんなものを入れて、味を染み渡らせる。もちろんフランスにも煮込み料理もある。コッコバンという鶏肉の赤ワイン煮込み。赤ワインにコンソメ、塩、胡椒、ニンニク、あればハーブ少々入れて煮込めば美味しくなる。
 肉じゃがだと、じゃがいもを剥いて、糸蒟蒻(アク抜きして)、玉ねぎ入れて、にんじん入れて、アク抜きして…と手間がかかるし、まぁ、肉じゃがどーんと出してってわけに行かない。

 大体、海外のお弁当に比べて、日本のお弁当もどれほど手が込んでいるというのか!
 フランスは家に帰って昼食らしいが、ごく簡単にヌッテラをパンに塗ったり、りんごがおやつだったりする。りんごも日本のより小さくて、切らずにそのまま食べる。日本のはカットしたりするよね。(ウサギ型に切ったり)

 日本は本当に美しさと繊細さが食にも現れてて、それは素敵なことなんだけれど、私にとっては少し重荷であり、敬遠したいものでもあった。

 でもフランスに行って、調理器具、方法を見た時、なんというか、肩の力が抜けたのだった。もちろん、私は一流ホテルで食事をしたわけではないから、フランスの食文化を全て語るわけには行かないのだけれど、家庭料理、自分で作るご飯について、本当に目から鱗なことが多かった。

 だから私は小さいナイフで今でも食材を切っている。たまに大きい包丁が使い勝手いい時もあるけれど。
 フランスで料理は簡単に…美味しく…みんなで一緒にということを知った。

 とはいえ。自分一人だとそんなわけには行かないんだけどね。

 後、私は日本のクレープが苦手だった。甘さとあのなんとも言えない生地の食感が吐きそうになる。今は耐性がついて食べれるのだが(なんの耐性?)
 フランスでは公園でクレープを売っている。本当にごく普通に。有名店でもなんでもない。おじさんがクレープを焼いてくれるのだが、そこで砂糖にバターそしてレモンというシンプルなのがある。シュクルとか言ったかな? それを頼んだ。すると生地はパリパリで、バターと砂糖というシンプルで美味しい組み合わせにレモンの爽やかな香りであっという間に食べれた。私はパリパリや、カリカリが好きなので、フランスのクレープのパリパリ感は最高だった。
 ここで初めてクレープが美味しいと思った。そして違うおじさんの店舗でも、どこで食べてもそのクレープはパリパリでシンプルで美味しかった。

 私はパリにいて、一流店もたくさんあったのに、あまり行ってない。でも町角の焼き栗屋さんでも十分美味しいし、公園のクレープも本当に美味しかった。

 日本では苦手だったことが、フランスに来て、気が楽になったこともあるし、好きになったものもある。私はフランスに来て、勝手に背負っていた思い荷物を下ろすことができた気がしていた。














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