第23話 中島みゆきとチヂミの夜

文字数 1,654文字

 新しいタームが始まった。トゥール大学も始まり、大学の学食も使えると言うので、頻繁にそこで食べることにした。安いのに、前菜、メイン、デザートかチーズを選べた。
 値段の記憶はないが多分五百円くらいだった気がする。メインは「モワティエ、モワティエ(半分、半分)」と言うこともできる。パスタとスクランブルエッグとか、メインとは言え、そんなに高級なものは出ない。

 私は違うクラスの韓国人の女の子と話すようになった。とっても綺麗な女の子で背が高くてモデルかと思うような子だった。私はトゥールで韓国人の友達ができたが、向こうは警戒していたようだ。
 反日教育を彼女たちは受けていたのだ。でも当時の日本は今みたいに嫌韓と言うのもなく、お隣の国で美味しいものが多い旅行先という印象だった。私が日本にいない間、「冬のソナタ」が大流行していた。
 そして綺麗な韓国人はフランス人の男の人の一人暮らしの家にホームステイしているという。
「大丈夫?」
「大丈夫よ」と平気そうな顔で言う。
 私が「チヂミ」が大好きだと言うと、通じなかった。
「ピザみたいな、ピザじゃないけど…。薄くて、丸くて…」
「パジョン?」
「チヂミじゃないの?」
「パジョン」
 私は初めて、韓国ではチヂミと言わないと言うことをフランスで知った。
 しつこく「チヂミ美味しい」と言っていたら、作ってくれることになった。そう言うわけで、彼女のホームステイ先にお邪魔することになった。

 本当にフランス人の男の人の一人暮らしの家で驚いた。年齢も二十代後半から三十代前半だった。彼女がなんとか作ってくれて「私、あんまり料理したことなくて」と言いながら、見事なチヂミを作ってくれた。とっても美味しくて、感動していた。
「…日本人って思ってたのと違う。あなたが違うのかもしれないけど」と言われて、私は
「そうかな?」と腑に落ちなかった。
 韓国が反日教育をしていると日本に帰って、随分後になってから知った。知らなくてよかった。私はただお隣の美味しいものがある国の人だと交流できたからだ。

 ホームステイ先の男性も一緒にご飯を食べて、「日本の歌がある」と言われた。
「日本の歌?」
「誰かはわからないし、何を歌っているかはわからないんだけど、聞くかい?」と言われて、一体、誰なんだろうと気になったので聞かせてもらった。
 その当時でさえ、時代を感じさせるカセットテープだった。
 なんと中島みゆきだった。
「彼女は有名?」とフランス人に聞かれたので、
「とっても有名」と答えた。
 トゥールで中島みゆきを聴けるとは思っていなかった。
「どういう歌か分からないけど、彼女の声とメロディが気に入ってる」
 友達にもらったとかなんとか言っていた。
 チヂミと中島みゆき、不思議なフランスの夜だった。

 ただその友達とはクラスも違うし、クラスが始まると疎遠になってしまった。時々会うと挨拶するが、遊びに行くという感じではなくなった。同じクラスの韓国人と遊ぶようになった。

 私のクラスには日本人が四人いた。一人はなんと、環が「嫌なやつ」と言っていた男の子だった。後は会社を辞めてフランスに来た社会人、Sさんと、スイス人の男友達とべったりの女の子だった。

 クラス始まって早々、私はその男の子ヤスに捕まった。中庭のベンチに座っていたら、一に隣に座られ、話しかけられた。
「学校楽しくない、フランス生活辛い」と愚痴を言われた。
 最初は「ふんふん」と聞いていたが、学生で親にお金を出してもらって来ていて、フランスの愚痴を長々と話し始める。
(はよ、終わらんかな。こっちはずっと来たくて来たんだよ)
 私の気持ちを分からないほど、辛かったのだろう。延々とフランスの愚痴を聞かされた。
「あのさー。そんなに辛かったら、帰れば?」
「え?」
「別に誰かに頼まれてここにいるわけじゃないし、帰れ、帰れ」と言って、立ち上がった。
 私の時間を邪魔しやがって、とすら思っていた。

 そして、彼はそのことを日本人界隈に言いふらかし、私は彼に「姉さん」と呼ばれることになった。










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