第27話 アメリカ人と薬とマダムとSさん

文字数 1,716文字

 夜に呼び出しを受けて、表に出る。電話をしてきたのは日本人の銀行員を辞めてフランスに来たSさんだ。電話では全く何が何だか分からないけど、混乱していて向こうが何を話しているのか、分からないが緊急だと言うことだった。
 ホームステイ先は留学生が何時に出るのかも帰ってくるのかも全く気にしない家だったので、私は夜に出て行った。待ち合わせのカフェでSさんを待っていた。

 Sさんは私を見て、抱きついてきた。
「どうしたの?」
「ルームメイトの…ジェフが…四つん這いになって…ジェフの友達も…」
「は? 何それ?」
「テーブルの上に錠剤が…」
 どうやらホームステイ先のマダムが親戚の家に週末滞在すると言うことで、家を空けていたらしい。もちろんジェフは友達を呼んでもいいか聞いていたようだった。
 このSさんのホームステイ先のマダムは戦後の記憶があるせいかアメリカ贔屓だった。アメリカ人のおかげでフランスは解放された、と言って、ジェフには当たりがよかった。

「マダムがいない間に、ドラッグパーティしてたみたいで」
「え? 本当?」
「四つん這いで近寄ってきて。怖くて部屋に戻れない」
 そう言うわけで、私たちは一晩外で過ごすことになった。一晩中空いているカフェで夜が明けるのを待った。大男が部屋もぐちゃぐちゃにしてウロウロしているところには流石に居られないという。彼らはいいところの大学だったと思うけれど、外国まで来て薬をするというのは他国だから羽目を外せると思ったのだろうか。
 フランスでも麻薬は違法だが、簡単に手に入るのだろう。

「マダムに言う?」
「言ったら、私がちくったことがバレて、逆上されたら怖い。それにアメリカ贔屓だからな…」
「確かに…」
 Sさんのマダムは「フェルメ ラ ポルト ドゥスモン(扉は静かに閉める!)」とSさんに口うるさかった。
 確かに信頼度が高いのはジェフの方だろう。

 結局、その日の昼過ぎに解散したのだが、晩御飯を食べた後、またSさんから連絡がきた。
「やっぱり夜が怖い」という。
 私は一睡もせずまた出かけた。
 彼女は夕方寝たらしい。まぁ、そういうところがSさんの魅力だが。二人で深夜までやっている映画館に行くことにした。その時、カンヌ国際映画賞のパルムドールを受賞した「うなぎ」をやっていたので、見に行くことにした。丸一日寝ていない私は、時々、見たけど、どうしても眠気に抗えず…、そしてこういう内容が深すぎるものが理解できないのは眠気のせいだということにした。
 ほぼ寝てしまった「うなぎ」鑑賞会が終わったのはもうすぐ日付が超えるという頃だった。

「流石に解放して」と言って、震えるSさんと別れを告げた。
 私、一睡もしてないんだから、と言いながら、部屋に戻って、ようやく眠った。

 その後、ジェフはSさんに様子伺いしていたようだが、関わりたくないみたいな態度で過ごしていると言っていた。
 マダムは知らないままだ。

 寮で薬をするというのはあるかもしれないけど、まさかホームステイ先でするとは思っていなかった。Sさんも気の毒だが、Sさんは逞しいところもあるので、最後までホームステイ先を変えなかった。
 そしてついには良く怒るマダムと仲良くなっていた。

 学校主催で各国のご飯を作って持ち寄るというパーティがあって、Sさんが日本食を作ってくれた。だし巻き卵だった。
 作った人は一言言わなければいけないというなかなか大変なお役目もあった。
「日本で良く食べられているものです。頑張って作りました。味はわかりませんが、不味くても…私の責任じゃありません」と簡単ながら面白いことを言って、会場を沸かせた。
 するとSさんのマダムは得意そうな顔で「あの子、私の家の子よ」と隣にいたマダムに紹介していた。
 肝心のSさんは「ふざけたこと言って、またマダムに怒られるかなー」と心配していた。

 そこでのだし巻きはなかなか好評で、一躍人気者になった。

 Sさんがトゥールを離れる時にマダムに決め台詞「フェルメ ラ ポスト ドゥスモン」を言ってもらったらしい。動画に収められたマダムの笑顔を見ると、あんなに「マダム、怖い」と繰り返していたのにうまく人間関係が築けたんだなと思った。














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