第61話 滞在許可証をゲットせよ!

文字数 2,831文字

 これはあくまでも二十年前の話である。
 今、確認したところ、現在はネット上で申請するらしく、なので、きっとこんなことは起こりようがない、という…。今からする話は「そんなことあるの?」みたいなお話で、全く役に立つ情報ではない。でもフランスという国、人というのがなんとなく分かる、そんな出来事。

 トゥールで申請した時はものすごく簡単だった気がする。学校が口座開設やら、色々手続きができるようにフォローしてくれて、ありがたかった。健康診断で、今はないけれど、トゥールに日本の学校があって、フランスで日本の学校に一年過ごすというものすごくお金持ちの子息が通う学校があり、その子たちと健康診断で一緒になった。みんな高校生でつい三ヶ月前では私は高校の先生をしていたから、「可愛いなぁ」と思って見ていた。
 人懐っこいのか、なぜか健康診断を待っている間に話しかけてくれたので、色々教えてもらった。
「フランス語で授業があるの?」と聞くと、明るい笑顔で答えてくれた。
「フランス語も日本語も。でも友達が日本人ばっかりだから、日本語で喋っちゃう」
「ちょっと買い物行く時くらいかなぁ」
「後、このお菓子美味しいよ」とポテトチップスの銘柄を教えてくれた。
 結構な人数の学生が健康診断でいたのに、私の日常生活では全く出会うことがなかった。学校はどこだったんだろう…。

 フランスに留学するにはビザがいる。それは日本で手続きができる。しかし三ヶ月以上滞在するのなら、滞在許可証というものが必要で、それはフランスで手続きをして発行してもらわなくてはいけない。(それは今も同じ)
 ところがその時の必要書類というものが、現地で確認してください、というものだった。
 いやいやいやいやいやいやいや。ちょっと待って。
 現地で用意できないものとか、きっと後から必要とか言われても困るので、ある程度は用意しておきたい。フランス語に翻訳された戸籍謄本とか(それも法定翻訳家の指定のものとか)。
 でもあの頃の情報って本当に「トラベラーズチェックで資金を用意したら、認めてくれなかった」とか。「銀行口座を作らなくてはいけない」とか、本当に色々、言われてて、どれが本当なのか、どれも本当なのか、全く行くまでは分からなかった。
 トゥールでは学校がある程度、フォローしてくれたので、割とスムーズに滞在許可証が出たが期限は一年限りだった。

 たまに三ヶ月に一度、外国に行って、パスポートにハンコを押してもらって、という人もいたが…。滞在許可証を取らないと強制送還になっても仕方がない。

 問題はパリでの滞在許可証の更新だった。絵画の学校に言って、学校に通っているという証明を出してもらって、その他の書類を完璧以上(完璧以上というのは後で説明します)に用意し、滞在許可証の申請に向かう。

 ただ、私は絵の学校を結構サボっていたので、先生にめっちゃ怒られたけれど。
「ちゃんと通いなさい。さもなくば…次はない」と言われた。
 まぁ…資金面でも次はないのだけれど。なぜ通わなくなったのかは、また別の機会に書くけれど、さぼりまくっていたのだった。

 そして滞在許可証は自分が住んでいる区のサービス所に向かう。私のような留学生が夥しく順番を待っている。私は書類のファイルをカバンから、取り出し、「行ける」と思っていた。
 もう一度、必要書類とされているものをチェックした。

「あ」

 まさか。必要以上の書類を用意した私は、絶対的に必要である、自身の顔写真を忘れていたのだった。慌てて写真を撮れるところを探す。意外と近場にあった。そしてセルフサービスの写真を撮って、なんとか用意した。なぜなら私はハサミまで持参していたのだから。

 待ち時間を乗り越え、ついに呼ばれた。必要(と思われる)書類を取り出す。本当にどこにも必要書類はこれです、と明記されていないのだ。
 いや、必要書類は…みたいなものがあるのだが、それを拒否されたり、それ以上のものをこの受付で求められることがある。
 正直、何が必要だったが覚えていないが、パスポート、住所(多分、それを証明する公的機関の支払い証、ガスとか? 電気とか?)、銀行口座とか、学校似通っている証明書、これまで学校に通っていたという卒業証書みたいなもの…、全て出した。
 パラパラと捲って、
「成績表、見せて」と言われた。
(は? なんで?)と思ったが、私はちゃんと用意していた。
 それが、必要以上の書類だ。

 成績表、つまりリーディングがどうたら、ライティングがどうたら、もう少しここをこうしたらいい、とか、ここはよかったかとか…そういうものが先生の手書きで書かれている。なんなら、私の授業態度まで書いている。
「いつも笑顔で頑張っていました」とか。
 興味ない人なら、捨ててしまっているかもしれない。

 だって、それとは別に学校が「ちゃんとこの生徒は何月何日まで、このコースに通って、所定の単位をとりましたよ」と学校長が書いた証明書があるのだ。それを見せれば、学校に通っていたという証明になるはずだった。

 成績表はただ、薄い紙に、先生が今後の参考のために書いてくれたものだった。それを見せろ、と言う。受付の人の趣味なのか? きちんと勉強をしていてよかった、と成績表を取り出して思った。もしこの成績が悪かったら、滞在許可証は出ないのだろうか、と不安がよぎる。

 受付の人は今までの書類よりじっくり内容を確認している。そんなことをしているから、あの夥しい待ち列が出来上がるのだ。
 そして彼女は満足したのか「ふーん」と言って、書類を通してくれた。

 フランス語が全くわからない人は書類を突っ返されていた。しかしそれも何が不足なのか、きっと分からないままだった…。たまにフランス語ができる人を連れて来ている人もいる。さまざまだ。

 私は必要以上の書類を用意していたおかげで、一度でパスできた。一度でパスできないことも当たり前だったりする。

「15日に取りに来て。時間は…」と取りに来る時は待たせている割に厳しい時間指定をされた。
 それでもいい。書類を受け付けてもらえたということはほぼ、滞在許可証はでるということだから。私は肩の荷が降りたような気持ちで帰路に着いた。

 そして受け取りの日、時間を確認して行くと…
「機械が壊れて滞在許可証は発行できません。手書きで二週間の延長をします」と張り紙がされていた。
 そして日本だったら、すぐに機械なんて直りそうだが、フランスでは「一週間くらいかなぁ」と言ったところだった。

 無駄足ではあったが、私はそう簡単には滞在許可証は降りないって思っていたので、まぁ、こういうトラブルも含めての滞在許可証申請だなぁ、と思って、また帰路に着いた。

 フランスの役所のポスターに書かれた「ヴィーブル オンソンブル」の文字が目に入る。
「みんなで(仲良く)生きよう」
 それをじっと見て、異国から来た私はちょっとありがたいな、と思った。



























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