第111話 命を大切に
文字数 2,917文字
しかし光の塊は、ムネモシュネの前に出現した光る壁に阻まれてまばゆい光を発して砕け散った。
ムネモシュネはララアの斬撃からどうにか身をかわしたが、ララアは即座に切っ先を返して次の攻撃を繰り出す。
ムネモシュネはレギンスとセーターの上に細い鎖で編んだ鎖帷子を着込み、その上にドレスを纏っていたのだ。
動きやすくなったムネモシュネは軽いフットワークでララアとの間合いを図る。
ララアが持ち前の速い動きでムネモシュネに斬りつけた時、ムネモシュネは閃光のように剣を跳ね上げていた。
ムネモシュネは前回ララアと戦った時もララアを捕えていたが貴史とヤースミーンの連携攻撃で全身に火傷を負わされて瞬間移動で逃げざるを得なかったことを思い出し、渾身の力でその剣を振り下ろす。
ララアはどうにかムネモシュネの斬撃を剣で受けたが、ムネモシュネは恵まれた身長を生かし、ララアが反撃する暇を与えずに苛烈な斬撃を立続けに浴びせた。
人が全力の攻撃を続けられるのはわずかな時間だとララアは知っており、敵が攻撃の合間に息をついた時こそが反撃の機会となる。
ムネモシュネの連続攻撃がほんのわずか途絶えた時、ララアは長身の敵の胸元に飛び込もうと相手の表情を窺った。
しかし、その目が怪しく光ってララアの視線を捕えた事に気づき息をのむ。
ララアはムネモシュネの前に飛び出そうとしたまま意識を失ってその場に崩れ落ちた。
ムネモシュネは無意識のうちに首に刺さったダガーを掴もうとするがその指はダガーの鋭い刃で切れて血に染まる。
そしてに続いて飛来したもう一つのダガーが鎖帷子を刺し貫いてムネモシュネの腹に深く刺さった。
鎖帷子は斬撃を防御するには優れているが、鋭い刃物の刺突には弱いのだ。
ダガーを投げた先がムネモシュネであることに気づいて納得したものの、ハヌマーンが突進して剣を振るえばセーラは一撃で葬られてしまう。
貴史は先ほどからハヌマーンと戦うセーラの加勢に入る隙が無かったが、二人の動きに変化があった瞬間に猛然とハヌマーンに襲い掛かった。
貴史は手首を返してハヌマーンの剣を防ぐと近い間合いで二度三度とハヌマーンと剣を交える。
貴史はハヌマーンに斬られる可能性が高いが、概ね二秒ほど持ちこたえてくれれば、マントの下で両足に装備した予備のダガーを取りだせるはずだった。
セーラは貴史とハヌマーンが斬り結んでいるのを横目で見ながら素早くダガーを取り出そうとしたが、肝心な時にマントのほつれた糸がダガーの鞘に引っかかってダガーが抜けない。
セーラーは血の気が引く思いでダガーを鞘から抜こうとした。
ガネーシャにはみぞおちから背中まで刺し貫かれ、目前にいるハヌマーンには腹を切り裂かれて内臓が飛び出すような目に遭わされている。
しかし、貴史も日々鍛錬して技も磨いている自負があり、以前のように負けたくはない。
貴史は力の限りに剣を振るったがそれはハヌマーンに軽く受け止められ、剣を交えてからの打突で貴史は弾き飛ばされていた。
予備のダガーを取りだせずにもたついていたセーラにハヌマーンは容赦無く剣を振るった。
音も無く血しぶきが上がりセーラの首が宙に舞う。
貴史は跳ね起きるとセーラを助けようと駆け寄るが、目の前に飛んできた物体を受け止め、それがセーラの首だと気が付いた。
同時に、レーザー光線のような細い光がハヌマーンに伸び、ハヌマーンは青白い高温の炎に包まれたように見えた。
ハヌマーンは舌打ちすると、ムネモシュネとララアに駆け寄り、二人を抱えると瞬間移動の呪文を唱えた。
次の瞬間にはハヌマーン達の姿は消え、三人が存在していた空間に空気がなだれ込む雷鳴のような音が辺りに響く。
ヤンはそのままセーラの首のない身体が倒れている場所に走り、首を切断面にあてがい呪文を唱え始めた。
腕のいいヒーラーであるヤンにとっても死者を蘇らす魔法は成功率が下がる。
ヤンはセーラの生命が完全に失われる前に再生しようとしていたのだ。