第81話 宿怨のアンデッドウオーリアー
文字数 1,998文字
ララアは自分の命が尽きるまでに唱え終えなければと、必死の思いで呪文を唱え始めた。
それはアンデッドの呪いだった。
その呪いは死者に対して使われるものだが、呪いをかけられたものは死してなお術者の意のままに操られるのだ。
そして、生前と変わらぬ能力で敵と戦う上、既に死んでいるので動けなくなるほどの損傷を受けるまでは戦い続ける。
ララアは敵の卑怯な謀略によって死に絶えようとしている城の民すべてに呪いをかけ、アンデッドウオーリアーとして侵入者たちと戦わそうと考えたのだ。
そしてすでに命が尽きようとしている自分も、アンデッドウオーリアーとして戦うように同時に呪いをかける。
呪文を唱え終えたら、城全体を取り囲むように魔法陣を描いて囲めば呪いはさらに強固なものとなるが、ララアは自分には魔法陣を掻くほどの時間が残されていないことを悟っていた。
呪文を唱え終えて椅子からずり落ちたララアはもう動くこともできなかった。
その時ララアの視野に何か動くものがあった。
敵兵が入り込んだのかと思ったララアは、むしろ自分の命が尽きてアンデッドウオーリアーとして動けるようになれば良いのにと願う。
しかし、近くまで来てララアの顔を覗き込んだのはヒマリアの兵士ではなく一体のコボルトだった。
ララア絶望的な思いでつぶやいたが、コボルトはララアを助け起こそうとするそぶりを見せた。
ララアはそのコボルトの前髪の色から、それがララアとビシュヌが助けてやったコボルトだと気が付いた。
数年前村人が城の近くの森でコボルトの一団を見つけて、放逐しようとしたことがあったのだ。
大人が異種族に攻撃的にふるまえば子供はすぐにまねをする。村の子供たちは森のはずれで見つけたコボルトの子供を痛めつけていた。
ちょうど通りかかったララアとビシュヌは子供たちの手から子供のコボルトを救出し、村人たちを説得してコボルトたちに森に住み着いて見張り番として働くように取り計らったのだ。
ララアはコボルトに頼んだ。
ララアが最後の力を振り絞って魔法陣を書いて見せると、コボルトたちはララアが書いた図形を食い入るように見つめていた。
そして、それがララアの見た最後の光景となった。
ララアは悪夢のような記憶を夢の中で反芻しながら、自分の名をしつこく呼び続ける声に気づいた。
それはヤースミーンの声だった。
ここしばらく自分と一緒に暮らしてくれた素朴な魔導士のヤースミーン、そして傍らには戦士姿のシマダタカシの姿も見える。
自分が今しがた見ていたのは単なる悪夢なのか、現実に起きた出来事なのか判別できなくてララアはきょとんとした表情で周囲を見回した。
ララアの近くに立っていた見知らぬ男は、ゲルハルト王子と呼ばれた男性に褒められていたく感動した様子で慇懃に礼をして見せる。
ララアはその男や近くにいる兵士がヒマリア軍の紋章を付けていることに気が付いた。そして最近の記憶がよみがえると、先ほどの男性の素性も明らかになる。
その男は自分の国を卑怯な手で滅ぼしたヒマリア国の末裔で王位を継承する身にあるゲルハルト王子、そしてその傍らに佇む軽装の鎧を身に着けた女性は王女のレイナ姫だった。
ララアは怒りで自分の髪の毛が逆立つのを感じた。
召喚の呪文すら必要なかった。ララア自らも含めてアンデッドウオーリアー達は仇敵のヒマリアに一矢報いる瞬間を待ち続けていたのだ。
ララアの叫びと共に、エレファントキングの城と呼ばれていた古城の内部に大量のアンデッドウオーリアーが忽然と現れた。
完全装備の不死の兵士たちは、ヒマリアの兵士を見ると剣を抜いて戦いを挑み始める。
ヒマリアの人々が二百年に亘って怯えてきた、滅ぼされし先住民族の呪いが現実となって降りかかってきたのだ。
突然訪れた脅威に対して、いち早く反応したのはレイナ姫だった。
ワラワラと現れて襲い掛かってくるアンデッドウオーリアーに対して、一般の兵士たちは身を守るだけで精いっぱいだが、重装の親衛隊兵士はアンデッドウオーリアーを振り払うようにして集結を始めた。