第125話 ヤースミーンはあきらめない

文字数 2,578文字

貴史達のパールバティー号への乗船に少し遅れてムネモシュネ邸から荷物が届き始めた。


ヤースミーンは荷物の中に自分宛ての包みがあるのを見つけて、何だろうと訝しく思いながら包みを開けた。


包みの中から現れたのは、シーサーペントの皮をなめして作った立派なバッグだったで、送り主の欄にはムネモシュネの名前が入っている。



ムネモシュネさんはシーサーペントのバッグの話を憶えていて律義にバッグを仕立ててくれたのですね
こんなことをしてくれるなんて、エレファントキングの城で戦った相手だとは思えないね
ヤースミーンは腕の確かな職人が仕立てたと思える立派なバッグを眺めて表情を暗くした。
バルカさんの話が正しいならば、ムネモシュネさんもララアも命が危うい状況なのですよね
ヤースミーンがつぶやく言葉を聞いて貴史の脳裏に悪い予感が走ったが、ヤースミーンが次に口にした言葉は貴史の予感通りのものだった。

ララアたちはまだ処刑されたわけではなく、捕らわれてすらいないはずです。どうにかして救出することは出来ないでしょうか


でも、ここはガイアレギオンの本国なんだよ。エレファントキングやハヌマーンのような強力な戦士を擁する軍団を相手に主人数の僕たちでは太刀打ちできないのではないかな
貴史は皆の言葉を代弁するようにヤースミーンに話し、リヒターやホルストもそれに賛同する雰囲気だった。
私はララアたちを見殺しにすることは出来ません。たとえ一人だけでもララアたちを救出に行きたいです


普段のヤースミーンは周囲の人々に気を配り空気を読むタイプなのだが、今は強引に自分の意見を通そうとしているように思える。


貴史としてはヤースミーンをガイアレギオンに残して行く訳に行かないので、ヤースミーンに同行せざるを得ない。

わかった、僕も一緒に行くけれど無理なことはしないと約束してくれよ

ヤースミーンは表情を明るくして貴史に答える、



 

シマダタカシはそう言ってくれると思っていました。早速準備しましょう

ヤースミーンはムネモシュネ邸から運び込まれた荷物のうち自分の物をまとめ始めるが、そもそも貴史達はムネモシュネを治療するためにヤンがパールバティー号に乗り移った時に物見高くパールバティー号を見学していてシーサーペントの襲撃に遭遇して取り残されたのであり、たいした荷物も持っていない。



 



貴史とヤースミーンが下船の準備を始めていると、タリーとヤンが二人の前に立った。



 

お前たち水臭いな。ララア救出作戦を行うならば私も見て見ぬふりをするわけにはいかない

タリーが温厚な笑顔で貴史とヤースミーンに話し、ヤンもそれに続いて言った。

ヒーラーなしでは本格的な戦いは無理だろう。それにララアは俺が蘇らせたのだから無関係ではないからね
タリーさん、ヤン君ありがとう

ヤースミーンは感動した面持ちで二人に感謝し、貴史も同じ気持ちだった。



 



四名に膨れ上がったララア救出部隊がパールバティー号を出発しようとしていると、ボーディングブリッジまで見送りに出たセーラが真剣な表情でヤースミーンに告げた。

一日だけ出港を待つからその間に帰ってきて。これはみんなで話し合った事なの

貴史は、意外に感じてセーラに問い返した。

でも、ムネモシュネさんが反逆の罪に問われることになったらこの船にも追手が掛かるかもしれませんよ

セーラは凄みのある微笑を浮かべ、ダガーを隠し持っている辺りのマントをポンポンと叩いて見せる。

一日くらいならこの船を守って待っているわ。たとえムネモシュネさんの母君とやらの軍勢が波止場に押し寄せてもヤースミーンとあなたなら包囲網を突破してこの船までたどり着くくらい出来るでしょう?

貴史は少人数で完全武装の軍隊を突破する自信は無かったが、うなずくしかなかった。



 



ボーディングブリッジを降りようとすると、貴史の背後からリヒターの声が響く。



 

仕方がありやせんね。あっしとホルストもシマダタカシの旦那の助太刀をいたしやすよ

貴史はこのまま出港して逃げてしまえば安全なのに、仲間のために踏みとどまる人々を見て、さっさと逃げようとしていた自分が恥ずかしくなった。

リヒターさん、ホルストもありがとう。命が危ないかもしれないのに手伝ってくれるなんて嬉しいよ
そんな大仰な話ではありませんよ。僕たちはチームなのだから当然です

貴史達が出発する脇で、セーラは船員の一人に命じて水や食料などの航海に必要な物資の調達に走らせていた。



 



ドック入りを予定していた船には航海に必要な物資が積まれていないことを把握して出港準備を始めたのだ。



ララア救出作戦と、救出後の脱出の準備は時間との戦いでもあった。

 





ヤースミーンを先頭にして先を急ぐ一団は波止場を走り抜ける。

ヤースミーン、救出に行くと言ってもムネモシュネさん達は厳重な警備下の晩餐会の招待されたのだろう?そこに辿り着くだけでもたいへんなのではないかな?

貴史が石畳の街路を走りながらヤースミーンに尋ねると、ヤースミーンは強気な表情で答える。

そうですね、私の魔法で城壁を炎上させて騒ぎを起こして、その隙に王宮に入り込むのはどうでしょうか

無茶苦茶だと貴史は思い、他に方法はない物かと考えるがリヒターはヤースミーンの案に賛同する。

そいつはいいですね。正面突破するのは大変だから陽動作戦として城壁を炎上させるのは上策だと思いやすよ

貴史はヤースミーンやリヒターの考え方についていけない気がして首を振るが、少人数で王宮に乗り込むにはそれくらいしか方法がないのかとあきらめの境地に至った。



 



しかし、貴史達がガイアの街の半ばまで来た時に空気を切り裂く音と共に矢が飛来した。



 



貴史がヤースミーンのローブの襟を持って引き留めたので、矢はヤースミーンの鼻先をかすめて飛び去り街路樹に突き刺さっている。

王宮側の軍勢に早くも見つかってしまったのか?

貴史達は矢で射られることを警戒して路地に隠れたが、矢が飛んできた方向から見覚えのある女性兵士が二人の兵を伴って貴史達のいる方向に歩いて来つつあった。

私の名はダミニ、ハヌマーン様の配下のものです。勝手な動きをされると私たちの作戦に支障が出るからやめて下さらないかしら

ダミニと名乗ったのはパールバティー号でララアの世話を担当していた女性兵士だった。



 



 

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