第78話 ムネモシュネの怒り

文字数 2,349文字

ララアは階段を駆け下りながら考えていた。



ララアが今いる世界は明らかに彼女が生きていた時代より未来の世界で、彼女が生まれ育った城は廃墟と化している。



何故そんなことになったかといえば、ヤン君が死体となっていた自分を甦らせたからなのだが、ララアは自分が死んだ経緯や城が象徴する自分の母国がどうして滅びたのか思い出せなかった。



今攻め寄せる「敵」と戦うのは、敵が自分と一緒に暮らすヤースミーンやシマダタカシの平和な生活を脅かしているからに他ならない。



しかし、共に暮らす「仲間」のために戦うのは単純明快に正しいことだと思えた。



ララアが地上階まで降りると城門の内側の広場は修羅場と化していた。



打ち砕かれて細かな破片と化した城門から数に勝るガイアレギオンの兵士が攻め込み、城門を警備していたヒマリア軍の兵士たちは城門の内側の広場の隅まで追いやられている。



ヒマリア軍の兵士が追い詰められているのは、城壁の櫓から降りてきたララアから見ると広場を挟んだ反対側に当たる。



そして、ララアの周囲にいるのは攻め込んできたガイアレギオンの兵士ばかりだった。



ララアは、階段を下りながら唱えてきた呪文を解き放った。



ララアを中心にちょっとしたつむじ風が発生し、渦を巻く風は次第に拡散しながら広場全体に拡散していったが、そのあとには尋常でない冷気と雪の結晶が残されていた。



広場に攻め込んだガイアレギオンの兵士の大半は、霜に覆われて凍り付いて死んでいた。


目には目をだ

ララアは次の獲物を探して素早く視線を動かし、城門から入ったあたりにいる敵の魔導士の集団に目を止めた。



魔導士たちは魔法防御を持っていたと見えて、一般の兵士たちが凍り付いているのにそのグループだけは無事だ。


その中にいるのか?

ララアが探すのは味方に冷気の魔法を放った敵の魔法の使い手だった。



普通ならば敵が氷の魔法を使えば、その対極にある火の魔法で対抗するが、ララアは同じ系列の魔法で勝負を挑んだのだった。



ガイアレギオンの魔導士たちも魔法攻撃を繰り出し、勢いのある火炎が数本、ララアをめがけて伸びてくるが、ララアの直前まで来たところで青白く光る透明な壁が現れて炎を阻んだ。



そしてララアは剣を抜くと猛然と魔導士たちとその護衛の戦士たちに襲いかかった。



軽装の護衛兵が数人、剣を抜いてララアに挑むが、ララアと一、二度剣を交えただけで兵士たちはララアに斬られて地面に転がっていた。



ララアはさらに突進したがその前にプレートアーマーを装備した大柄な兵士が立ちふさがる。



それは護衛の兵師たちのリーダーのように見えた。



兵士は重いプレートアーマーをものともせずに敏捷にハンドアックスを振り回してララアを攻撃する。



ララアは上から振り下ろされたハンドアックスをかわして、大柄な兵士の懐に飛び込んでいた。



そして、武器を振り回しがたいほど近接した位置関係で敵の兵士が突進した勢いを止めきれないでいるところをハンドアックスを持った腕を掴んでぐいと引っ張る。



兵士はプレートアーマーの重量の持つ慣性に負け、ララアは体勢を崩した兵士に足をかけて見事に転ばしていた。



地面に倒れた兵士は慌てて起き上がろうとするが、プレートアーマーの重さのためになかなか起き上がることができない。



兵士がハンドアックスを杖代わりに立ち上がろうとしたところを、鎧の隙間からララアの剣が刺し貫いていた。



プレートアーマーの兵士が重い響きを立てて倒れたのを見て。魔導士たちは一斉に逃げ出したが、背後から追いついたララアは次々に斬り捨てていく。


                                   最後の魔導士を斬ったとき、ララアは第一陣として城に乗り込できた敵の兵士数百人をあらかた倒したことに気づいた。



広場の端に追い詰められていたヒマリア軍の兵士たちは、歓声を上げてララアに駆け寄ろうとするが、ララアは打ち砕かれた城門のあたりを凝視していた。



そこには軽装の鎧にマントをはおった女性の戦士がたたずんでいた。


小娘の分際で私の先遣部隊を壊滅させるなど、許しがたい。私の手でバラバラに引き裂いてくれる

戦士が怒気をはらんだ言葉と共に、冷気を吹き付けたので城門の背後の広場は再び寒冷地獄のような寒さに見舞われた。



ララアに駆け寄ろうとしていたヒマリアの兵士たちは慌てて物陰に隠れる。



しかし、ララアは青白い光の壁に守られてダメージを受けていなかった。


そして、ララアも冷気の魔法を女戦士に開放する。



女戦士の前にはララアと同じような光る壁が出現し、ララアの魔法は戦士に届くことなく周囲を凍らせるだけだった。


どうやら剣で雌雄を決する必要があるようだな。私の名はムネモシュネ。女王ガイアの娘だ。覚えておいてもらおう
ムネモシュネは剣を抜くとじりじりとララアに向けて間合いを詰めた。
私の名はララア

ララアは短く告げると、素早いステップでムネモシュネとの間隔を詰めていく。



やがて二人の剣士は目にも止まらぬ速さで激突した。



近い間合いで二回、三回と剣を交えて二人は離れたが、手傷を追っていたのはムネモシュネだった。



ムネモシュネは自分の腕を伝う血の筋を見て怒声を上げる

このお

ムネモシュネのヘルムからはみ出た髪が逆立つのが見えたが、同時にララアが剣を構えて間合いを詰めていた。



ララアの鋭い斬撃をムネモシュネは自らの剣で受け、二人は剣を交えたままでにらみ合っていたが、ララアはムネモシュネの目が怪しく金色に輝くのに気が付いた。


しまった

ララアは、絡みつくムネモシュネの思念を振り払おうとしたが、すでに遅く、自分の意識が怪しい霞の中に沈んでいくのを意識した。



強敵を前にして意識を失うことは死を意味する。



しかし、ララアはムネモシュネの術中にはまりもうどうすることもできなかった。

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