第18話 闇に浮かぶ眼
文字数 2,990文字
貴史はタリーが持っていたクロスボウを構えると、バンビーナが示した辺りを狙って引き金を引く。
バシュッ。
クロスボウから飛び出した矢は瞬時に目標に命中したようだった。貴史は自分を捕らえていた眠気が少し薄れた気がした。
魔物をおびき寄せるどころか自分たちが襲われている状況だ。貴史は荷車に積んでいたランプに火を入れると手近な木の枝にかけた。
ほのかな灯りが周囲を照らした。そして弱いながらも光は森の中にも届いている。光を受けて魔物の目が光り、彼らの所在を明らかにした。森の中の暗がりのあちこちに光る目が浮かび上がった。
バンビーナはあくびをこらえながら周囲を見回すと、今度は別の方向を指さした。
貴史が目をこらすと、微かに光る目が見えた。貴史はヤースミーンのクロスボウを取り上げると狙いを付けた。さっきより遠いと言っても十分ねらえる距離だ。
貴史がゆっくりと引き金を引くとバシュウッと風を切る音と共に矢が闇に消えていった。
微かに見えていた光る目は見えなくなった。当たったようだ。
貴史がクロスボウに次の矢を装填しようとしたとき、森の中から数頭の紫色の魔物が飛び出してきた。クロスボウに対抗するために接近戦に持ち込むつもりだ。
貴史はタリーがくれた刀を抜いた。ランプの明かりの下で刃先が鈍く光る。
そして先頭のパープルラビットに向かって駆け寄った。眠りの魔法を使っている敵を二頭も倒したはずなのに、眠気がとれない。貴史は少し焦っていた。
刀を中段に構えて前に踏み込みながら打ち込むとパープルラビットはスウェイバックしてかわす。
昼間、木の棒を使って戦った時のパープルラビットとは攻撃のかわし方が違う。
それはとりもなおさずパープルラビットが人との戦いに慣れていて武器の種類に応じて戦い方を変えていることを示している。
貴史は、刀を構え直さないで更に踏み込むと、刀の切っ先を返して低い位置から斜め上に振り上げた。パープルラビットはダッキングで切っ先をかわす。しかし、貴史もその動きは読んでいた。もう一度刀の切っ先を返すとパープルラビットの頭上から素早く振り下ろした。
ゴツッ。刀の切っ先を頭に受けて、パープルラビットは派手に倒れる。
もう起きあがることはなさそうだが、貴史は面白くなかった。
貴史のイメージでは、そいつの頭を真っ二つにするはずだったのだ。
その時には、他の二体も貴史に向かって突進していた。貴史は振り下ろしたままの刀で右側から来るパープルラビットを薙ぎ払った。貴史の刀はパープルラビットの首に当たりボキッという鈍い音と共にパープルラビットは妙な方向に首を曲げて吹っ飛んでいく。
残りの一匹は間近に迫っていた。貴史は右脇に腕をたたんで刀を構えると左腕を使ってシュッと刀を突き出した。
ガキッ。鋭い突きのはずだったのに、パープルラビットは頭を横にして角で刀を受け止めていた。
普段の貴史なら受けとめられて慌てるところだが、今夜の貴史は生き延びるために必死だった。
貴史はパープルラビットの角に沿って刀を滑らすとパープルラビットの頭に刀を当ててごりごりと前後に動かした。あまり格好良くないがとやかく言っていられない。
角の根元あたりから鮮血が流れてパープルラビットの目に達していく。パープルラビットはたまらず後ずさりした。貴史はその隙を逃さず刀でパープルラビットの首を突いた。
パープルラビットは首から鮮血を吹き出しながら倒れた。とりあえず突出してきた三頭は倒したようだ。貴史は眠気をこらえながら叫んだ。
だが返事はなかった。貴史が振り返ってみるとバンビーナは荷台にひっくり返って爆睡していた。
貴史は眠さのあまり目の前がダブって見える。
道端の木により掛かって、眠り込まないように耐えていたが、さっきのように数匹のパープルラビットにかかってこられたらもう持ちこたえられそうにない。
貴史が観念したとき、森の中でガサガサと激しい物音が聞こえた。
貴史を捕らえていた眠気が急に薄れていく。森の中からピイという鳴き声が聞こえ、周囲からは一斉にカサカサと落ち葉を踏んで走る音が聞こえた。
森の中に見えていた沢山の魔物たちの目はいつの間にか見えなくなっている。パープルラビットの群れは撤収していったようだ。
やがてガサガサという音は次第に大きくなって森の端から小さな人影が現れた。
貴史の前に現れたのはエルフのオラフだった。片手には彼の体格の割に大きなナイフを握り、もう片方の手には自分の体ほどもある大きなアルミアージの両耳を握ってその体を引きずっていた。
貴史たちに眠りの魔法をかけていたパープルラビットのボスをオラフが倒してくれたのだ。
眠りの魔法が途絶えたおかげで、タリーやヤースミーンも次々に目覚める。
その時、貴史の背後からバンビーナの声が響いた。
貴史は答えながらヤースミーンの生真面目な雰囲気を微笑ましく感じる。
その時、貴史は自分が刀を握ったままだったことに気がついて、持っていた布きれで刃先をぬぐった。
貴史は魔物を両断できなかったので刀を疑ったのだが、貴史が指先を刀の刃に当ててみると、指の皮膚はざっくりと切れて血が噴き出した。
貴史はどういう意味だよと思いながら彼女を見詰めた。
ヤースミーンはクスクスと笑った。