第12話 晩御飯にはドラゴンのステーキを
文字数 3,745文字
貴史は立ちあがるとレイナ姫の後を追った。
広間の真ん中当たりに放り出されたラインハルトが倒れており、レイナ姫が駆け寄っていく。
貴史はときおり痙攣するグリーンドラゴンの体の横を怖々と通り過ぎた。
貴史の姿を認めて、背中にクロスボウを担いだヤースミーンが駆け寄ってくる。
ヒットアンドアウエイは戦いの基本だ。 射撃と同時に退避に移ったこいつは俺よりも戦いに慣れている。
貴史はヤースミーンを少し尊敬する気になっていた。
貴史とヤースミーンがラインハルトを介抱するレイナ姫に近寄ると、ラインハルトは擦り傷だらけになってぐったりとしていた。
せっぱ詰まった様子で訴えるレイナ姫にミッターマイヤーもどうしたものかという表情をする。
その時、スラチンがレイナ姫とラインハルトの前に進み出た。
スラチンは汗のような滴を浮かべながら、ぶつぶつと何かつぶやいていたが、気合いを込めてぴょんと跳んだ。
青白い光がラインハルトを包み、レイナ姫に抱かれて力なく垂れていたラインハルトの腕がぴくりと動いた。
ラインハルトが声を漏らした。レイナ姫の表情が一気に明るくなった。
レイナ姫がラインハルトを抱きしめる姿を見て気恥ずかしくなった貴史はヤースミーンに話しかけた。
ヤースミーンがスラチンの体の縁を杖で突くと、その部分はひゅっと引っ込んだ。ちゃんと反応しているようだ。
その横で、ミッターマイヤーはチョークで床に何か書き始めた。
ミッターマイヤーはハグしているレイナ姫とラインハルトの周囲に集まっている一同を円で囲むと、今度はその内側に星形みたいなのを書き始めている。
ヤースミーンはミッターマイヤーの手元をのぞき込みながら尋ねる。
チョークで線を書く手を止めたミッターマイヤーはドラゴンの胴体をしげしげと見詰めた。
ヤースミーンは振り返って貴史を見た。
貴史は悪い予感がした。相手は鱗に覆われた緑色のドラゴンなのだが・・・。
ヤースミーンの答えは貴史の予感の通りだった。
貴史は仕方なくドラゴンの死体の方に歩くと、足首に深々と刺さっていた自分の剣を引き抜いた。
首を落とされたドラゴンの胴体はあまり食欲が湧く姿ではない。
貴史についてきたヤースミーンは貴史に向かって指図をし始めた。
貴史は言われたとおりにドラゴンの太ももの内側辺りから剣で切り始めた。その辺りには鱗が少ないので意外とすんなり皮を切り裂くことが出来た。
ヤースミーンは貴史が切ろうとしている足の先端部分を持つと、股割きになる方向に引っ張り始めた。
貴史は言われるままにザクザクと肉を切り裂いた。脂肪の層にに覆われた赤い肉を切り進むと、やがて丸い大きな骨が現れた。
それを聞いたヤースミーンは足の先を持って頭の方に力一杯引っ張って行った。本来は関節が曲がらない方向だ。ボキッと大きな音を立てて関節がはずれた。
貴史は、ひたすら肉を切り裂いてどうにかドラゴンの足を切り離すことが出来た。
貴史は額に浮いた汗をぬぐったが、ヤースミーンはもう片方の足と尻尾も切り離せと言って譲らない。
貴史はへとへとになりながらも、ヤースミーンの指示通りに足と尻尾を切り離した。
ヤースミーンはミッターマイヤーとレイナ姫にまで協力を求めて、ドラゴンのバラバラ死体を引きずって動かし始めた。
各部の重量は一トンを超えているに違いない。しかし、石造りの床の表面が滑らかなことと、流れ出た血が潤滑剤の役目を果たしたおかげで、どうにかバラバラにしたドラゴンの体を動かすことが出来た。
ミッターマイヤーはひとしきり呪文をつぶやくと、強い念を込めた。貴史は周囲の景色が揺らぐのを感じた。
次の瞬間、貴史達はギルがメッシュの酒場の正面に移動していた。
気配を感じて貴史が振り返ると、野菜を運んでいる途中だったらしいタリーが瞬時に現れた一同に驚いて、持っていた野菜を取り落としていた。
貴史はヤースミーンに尋ねた。貴史が足元を見ると先ほどいた広間の石の床が貴史達と一緒に移動してきていた。それはまるでミッターマイヤーがチョークで描いた線にそって切り取られたようだ。
貴史は血の気が引いた。
ヤースミーンは屈託のない笑顔でタリーに聞いた。
タリーは足やしっぽの切断面をじっと眺めていたがやがて顔を上げた。
タリーそうつぶやくと貴史たちに向かってにやりと笑った。
夕刻になり貴史たちはギルガメッシュの酒場でレイナ姫とラインハルトを囲んで一緒に夕食を取った。
街から来た兵士達は賓客と同席することになってしまい緊張した表情を浮かべている。
レイナ姫は食事の途中で改まった口調で話し始めた。
皮肉な口調で口をはさんだミッターマイヤーに姫は真摯に答えた。
テーブルの下でレイナ姫がミッターマイヤーの膝を蹴ったようだ。
ミッターマイヤーは膝をさすりながら寂しそうに告げた。
レイナ姫はうなずいた。彼女は本気で二人きりで新天地を目指す気のようだ。