第103話 バザールの喧騒
文字数 2,059文字
ヤンはよくわからない理屈を叫びながらスリの後を追った。
貴史とヤースミーンも引き離されないようにヤンの後を追って走った。
ヤン君はいつもの雰囲気と違い飛ぶように走り、貴史とヤースミーンは息を切らせながら彼の後を追う。
パロの都のバザールではスリ騒動など日常茶飯事らしく大通りにひしめく人々は速いスピードで走る貴史達を迷惑そうな顔こそしても、スリを捕まえようとは思わないようだ。
貴史とヤースミーンが路地に入り込むと、ヤンが路地に面した建物の裏口と思える扉から中に飛び込むのが見えた。
貴史が開いたままの扉の奥を窺うと、薄暗い通路とその奥に更に扉が見える。
貴史とヤースミーンは顔を見合わせた。
扉の向こうからは言い争う声が聞こえ、声の主の一人はヤンのようだ。
貴史が勢いよくドアを開けると、その向こうは酒場となっていた。
エルフや獣人の類が昼間からたむろして火酒を傾けており、カードを使った賭博に興じているようだ。
その中で、ヤンがトロールと思しき人影ともめている。
正直に話してくれないと、俺の所属するドラゴンハンターチームの刃刺しが尋問することになるぞ。おまけにそっちにいる魔道士は俺の幼馴染だが、ヒマリアで火炎の魔法を使わせたら右に出るものはいないと言われる「紅蓮のヤースミーン」だ。彼女が通った後には消炭しか残らずペンペン草も生えない
ヤンは酒場を仕切っているトロールをビビらせて、スリの居場所を聞き出そうとしている様子だ。
貴史は、話をあわせるために背中に背負っていた邪薙の剣を抜くと軽く振り回してみせる。
何を言うてるねん。そんな貧相な若造とチンチクリンな小娘がガイアレギオンを追っ払ったシマダタカシとヤースミーンな訳がないやろ。ええ加減なこと言うてたらうちの用心棒が簀巻きにしてパロの港に放り込むで!港の水はさぞ冷たいやろな
このままではヤースミーンは本当に店を消炭にしかねない。
ヤンは、何かの呪文を唱え始めた。
ヤンが使おうとする魔法は簡単なもので、ヤンは一瞬で魔法の効力を開放し、それと同時に酒場の中にけたたましい笑い声が響いた。
トロールは強引にヤンを追い返そうとするが、酒場のお客達がヤンの肩を持ち始めた。
酒場の壁は石造りだが、小さなドアが取り付けられた箇所があり、収納庫として使っているようだ。
ヤースミーンはチンチクリン呼ばわりされた鬱憤を魔法に託して小さなドアに開放し、ドアは瞬時に燃え上がった。
貴史はトロール相手に立ち回りが始まることを予期して剣を構えるが、トロールはその外見と、発言内容の割に手を出す気配はない。
扉が燃え、煙が酒場に充満し始めたので、辟易した客たちは店から立ち去り始めた。
酒場の店員らしき女性が煙に追われた客を誘導しながら飲食した代金を取り立てて行く。
貴史は自分たちが戦乱や魔物との戦いに明け暮れて、人が集まる都会で要求される立ち居振る舞いから逸脱していたことを意識した。
その時、燃えている扉が内側から吹き飛び、中から人影が転げ出た。
少女は銀髪から猫耳が呼び出した獣人系の容貌で、激しく咳き込んでいる。
ヤンは少女を見下ろすと冷ややかな口調で少女に告げた。