第67話 ムネモシュネ
文字数 1,953文字
ガイア帝国の海に面した都市シバの港には間をおいて次々と帆船が入港していた。
折からの嵐に遭遇して船団を組むこともままならず、広い海で離れ離れになった船が一隻また一隻と母港に戻ってくるのだ。
岸壁に横付けされた帆船からは、疲れた表情の兵士が負傷者に手を貸しながらボーディングブリッジを渡り、本国の土を踏んでいる。
しかし、負傷しながらでも帰ってこられたものは幸運だった。
ハヌマーンの率いる軍勢は大きな損害を出して兵員の数を大幅に減らして本国のガイア帝国に帰還した。
その日の遅くに接岸した帆船も降り立つ兵士は負傷者が多く、その中には金色の仮面をつけた司令官のハヌマーンの姿もあった。
投げかけられた叱責に、ハヌマーンはゆっくりと顔を上げる。
そして、自分を見つめる人物を判別すると畏まって答えた。
ハヌマーンが敗北を喫した知らせは既にガイア帝国に届いており、女王ガイアの娘ムネモシュネがハヌマーンを出迎えたのだった。
ハヌマーンは無言で礼をすると、部下に支えられながら病院区画に向かう。
幾多の戦乱でハヌマーンの武勇を見てきたムネモシュネは信じられない思いでその後姿を見送った。
嵐の後でどうにか母港にたどり着いた様子の帆船はそこかしこに損傷があり、再び出航するには整備が必要に思える。
敵地に潜伏して調査と攪乱任務に当たった名将ガネーシャは行方不明となり、満を持して出陣したハヌマーンが大敗を喫したのだ。
辺境攻略戦は難航する気配を見せていた。
ムネモシュネは無意識のうちにハヌマーンの仮面から表情を読み取ろうとしていた自分に気づいて思わず苦笑する。
アグニは無言でうなずくと、部下に指示を始めた。
ムネモシュネの配下の軍団は、ハヌマーンの軍団と並んでガイアレギオン軍の中核を構成する精鋭部隊だ。
港近くに集結した兵士たちは、ハヌマーン敗退の急報を受けて東部戦線から移動してきたばかりで疲労もたまっている。
輸送船団の修理と再編成の間に休息をとらせることは不可欠だった。
アグニはムネモシュネの問いに、首を傾けて見せる。
ムネモシュネはアグニが言葉を切ったので振り返った。
アグニは言うまいかと迷った様子の末に、ムネモシュネに告げる
ムネモシュネはアグニのあいまいな発言が気に食わなかったが、ハヌマーンの報告を無視することもできない。
それゆえに、自分が現地に赴こうとしているのだが、得体のしれない存在が跳梁している土地に飛び込むのは気が重かった。
ムネモシュネは嘆息するとシバの港の沖合に見える後続の船の帆を眺める。
嵐が過ぎた後の抜けるような青空の下で、白い帆は目に染みるように輝いていた。