第69話 ヤン君の杖
文字数 1,929文字
翌朝、日の出の前から貴史達が出発の準備をしていると、ホルストとイザークが顔を出した。
イザークが遠慮買いに切り出すのを聞いて、ヤースミーンの表情が緩む。
ヤースミーンの問いに、ホルストはボソボソと答えた。
イザークも同じようにボソボソと言葉を添える。
ヤースミーンが笑顔を向けるとホルストとイザークはホッとしたように緊張を緩めた。
ドラゴンハンティングチームのメンバーにとって、ヤースミーンはチームのマネージャーでもあり、時には貴史やリヒターを差し置いてリーダーのようにチーム員の気持ちを掌握してしまうので、彼女の意見はとても気になるところなのだ。
その時ホルストとイザークの後ろから、ヤンが顔を出した。
ヤンはヤースミーンが以前所属していたパーティーのヒーラーだった。
相次ぐ参加希望者にヤースミーンは嬉しそうだが、ヤンは貴史の前に自分の杖を突きだした。
貴史は普通の杖にしか見えないので、キョトンとした表情でヤンを見返した。
ヤンは凄腕のヒーラーで貴史自身が何度も命を救われているが、時として理解しずらい発言もする。
貴史が尋ねるとヤンは得意そうに杖の説明を始めた。
普通のようでいて普通ではない。見ろ、この杖の先端にはオルハリコンの石突をつけたんだ。実は以前、山道を歩いていて石突で自分の足を突いて痛い思いをして以来取り外していたが、魔物との意図せぬ出会いもあると気づいて元に戻したんだ
確かに杖の先端には、金属製の鋭い石突が取り付けられており、その気になれば槍のように使って戦うこともできそうだ。しかし、貴史にはその話題がなぜ今ここで持ち出されるかがわからない。
貴史が困惑気味に答えると、ヤンはさらに話を続ける。
貴史とヤースミーンはヤンが気がねしていたことに気づいて顔を見合わせた。
貴史が答えると、ヤンは照れくさそうに付け足した。
ヤンの言葉を聞いてタリーが微笑を浮かべた。
タリーが勿体ぶって、宣言して一行はギルガメッシュから、ダンジョンガニ探しに出発した。
タリーはオラフ達が住み着いて、開墾をしつつある森を指差したが、傍らを歩くララアが口を開いた。
タリーは軽い乗りで行き先を決めたが、ジュラ山脈の麓は往復するだけで、最低一泊を要する距離だ。
捕獲隊の参加者達は、一様に表情を固くしながら歩みを進めた。
ジュラ山脈はエレファントキングの城から遥か南に聳える山脈で、そこに至る平原は魔物達が跳梁する荒野となっている。
山脈の麓の森となれば、過去数十年の間、人が立ち入った事がないと言われている。
ヤースミーンが呟くと、ヤンが静かに答える。
貴史が先を歩くララアを見ると、彼女はタリーと並んで、ピクニックに出掛ける子供のように、軽い足取りで歩みを進めている。
ヤースミーンは深く考えずに、ララアの表情を見て喜んだ。
イザークはホルストにいわく有りそうに話しかける。
皆がそれぞれの思惑を秘めながら、貴史達の一行は、短い夏を迎えようとするヒマリアの荒野を進んだ。