第65話 クリストの剣
文字数 2,320文字
仮面の戦士はぐったりとしたララアの体を床に放り出した。
そして枷をはめられたレイナ姫たちと、その周囲を取り囲む貴史たちを一瞥すると剣を抜いた。
貴史は戦士のかぶる黄金色の仮面に見覚えがあった。以前どこで会ったのか記憶を探すうちに、ギルガメッシュに宿泊した客が同じマスクをしていたことを思い出す。
貴史は油断なく剣を構えるが、魔封じの術のせいでヤースミーンに攻撃支援魔法をかけてもらうことはできない。大ぶりな剣はズシリと重いが、自分の筋力で剣を振るうしかなかった。
間合いを詰めたハヌマーンは鋭い斬撃を繰り出した。
ハヌマーンが振り下ろした剣をどうにか受け止めた貴史はさらに2度3度と剣を合わせて少し自信を持った。
攻撃支援魔法がなくてもやれるかもしれないと貴史は剣を振りかぶって渾身の斬撃を加えたが、ハヌマーンは一歩退いて貴史の剣を交わす。
貴史が慌てて剣を上げて構えなおした瞬間、ハヌマーンは間合いを詰めてすばやく剣を横に薙いだ。
貴史は自分の足もとに何かが投げ出されたように思ったが、それが腹を着られた自分の内臓だと気づいて凝固する。少し遅れて猛烈な痛みが襲ってきたため、貴史は前のめりに倒れて動けなくなった。
その時、地下室を閃光が包んだ。そしてレーザービームのような火線がハヌマーンに向かって伸び、ハヌマーンは炎に包まれていた。
ヤースミーンはよろめきながら貴史に駆け寄った。ヤースミーンが魔封じの術を解除して、残ったわずかな魔力でハヌマーンに反撃したのだ。
ヤースミーンは貴史の襟をつかんで仰向けにして引っ張り始めた。貴史は飛び出した内臓と一緒に血の帯を残して引きずられていく。
その横で、クリストはララアを抱えてミッターマイヤーが描いた魔法陣の中に運んでそっと床におろした。
そして、剣を抜いて炎を上げるハヌマーンの前に戻った。
ハヌマーンは炎に包まれてもがいていたが、何かの呪文を唱えたらしく青白い光に覆われると同時に炎は消えた。
ヤースミーンは貴史をミッターマイヤーの魔方陣の中に引き込むと貴史の頭を抱えたまま、叫んだ。
しかし、クリストは既にハヌマーンと激しく剣を交えていた。
二人は互いが繰り出す剣を巧みな剣さばきで受け止め、近い間合いで立ち廻りながら相手の隙を探る。
剣の達人同士の戦いは舞うような動きでいつ果てるともわからず続いている。
やがて、クリストの動きが均衡を破った。クリストはハヌマーンの足を踏んで動きを止め、一気に仕留めようとしたのだ。
しかし、その動きはハヌマーンに読まれていた。
ハヌマーンは身をひねってクリストの刺突を交わすと、逆に自分の剣でクリストの腹から背中まで貫いていた。
ヤースミーンの悲鳴が地下室に響いた。
ハヌマーンはニヤリと笑ってクリストに刺さった剣を抜こうとしたが、クリストは自分の体に刺さった剣がさらに深く刺さるのも構わず一歩前に出てハヌマーンにつかみかかっていた。
そしてクリストはヤースミーンに振り返ると絞り出すような声で叫んだ。
ハヌマーンは念動力を使ってクリストを突き飛ばすと、クリストの体から抜いた剣を二旋、三旋した。
クリストは形をその場に崩れ落ちていった。
ハヌマーンがよろめきながら、虜囚たちを振り向いたが、ミッターマイヤーの魔方陣の内側にいた人々はかき消すように消え、人々がいた空間に流れ込んだ空気がぶつかり合う音が雷鳴のように響いた。
ハヌマーンのマントはヤースミーンの魔法攻撃の火炎で焼け落ち、皮膚はボロボロに焦げている。
ハヌマーンは脇腹に刺さった短剣を引き抜くと、床の上に放り出した。
その時、地下室に通じる階段をハヌマーンの腹心の兵士が駆け下りて来た。
ハヌマーンは血まみれの剣を拭きながらゆっくりと答えた。
兵士は来た時よりもさらに急いだ足取りで地下室を飛び出していった。
ハヌマーンはクリストの死体を見下ろしながら独り言をつぶやくと、ゆっくりと剣を鞘に納めた。