第66話 走れヤン君
文字数 1,902文字
ミッターマイヤーの瞬間移動の魔法は彼が描いた魔法陣の内部にいるものを丸ごと転移させることができる。
ミッターマイヤーとその周辺の人々はエレファントキングの城と呼ばれる古代の城の近くに忽然と現れた。
瞬間移動の魔法を感じて、意識を失っていたララアは目を覚ましたが、他のものは散々な状況だった。
レイナ姫とラインハルト、そしてミッターマイヤーは枷につながれたままで憔悴しているし、貴史はハヌマーンに腹部を斬られて瀕死の状態だ。
貴史に取りすがっていたヤースミーンはララアが目覚めたことに気が付くと、必死の表情で叫んだ。
ララアは弾かれたように立ち上がると周囲を見回した。そして、そこが見慣れた城の周辺であることに気が付くと矢のように駆け出して行った。
ヤースミーンは貴史の切り口からはみ出た内臓や、流れ出た夥しい量の血を目にしてララアの後姿を見ながら祈った。
ヤースミーンはそこがスラチンが教えてくれたダンジョンからの抜け穴の出口の近くからだと気が付いた。
エレファントキング討伐のために抜け穴を探していた時にレイナ姫たちがこの辺りに現れた記憶がある。エレファントキングと戦って辛くも倒したのがもう遠い昔のことのように感じられた。
ヤースミーンにとって、永遠にも思える時間が過ぎた頃、草原を走ってくる足音が聞こえた。
ララアがヤンを探し当てて連れて来たのだ。ヤンは倒れている貴史の様子を見て目を見張る。
ヤンは息を切らせたままで膝を折って祈りを捧げ始めた。
長い詠唱の後にヤンはあらん限りの気を込めて貴史に回復魔法をかける。
貴史は眩い光に包まれた。ララアとヤースミーンは思わず目をふさぎ、レイナ姫たちは思わず顔をそらして避けるほどの光芒が貴史を包み続ける。
やがて、瀕死の状態だった貴史の傷は綺麗にふさがり、何事もなかったような姿になったが、貴史自身は激痛に転げまわっていた。
貴史が感じる痛み自体はヤンもどうすることもできないらしく、ただ見守っているだけだ。
その頃になり、エレファントキングの城からたくさんの人々が歩いてくるのが見えた。
人々は、貴史やヤースミーンがいる場所まで到達すると、枷につながれたレイナ姫たちに気が付いた。
大勢の人々が寄ってたかって三人の枷を取り外し、ついにレイナ姫たちは自由の身となった。
集まった人々は大半がホフヌングの村からの避難民であり、レイナ姫を慕って移住するほどの人々は姫を取り返したことで歓喜の声を上げた。
そして人々のざわめきに引き寄せられるように新たな一団が貴史たちがいる場所に現れた。それは、森に雌伏してレイナ姫救出の機会を窺っていた親衛隊の古参兵と、彼らが撤退の途中で助けたハンス達の一行だった。
ハンスはララアの両手を持って大きく振りまわし、ララアは嬉しそうに叫ぶ
親衛隊の兵士たちはレイナ姫がそこにいることに驚愕の表情を浮かべた。
人々は手を取り合ってレイナ姫を先頭に歩き始めた。
苦しんでいた貴史も次第に痛みは薄らいで、どうにか立ちあがってヤースミーンの手を借りてよろよろと歩き始める。
ハヌマーンの侵攻以来久しぶりに人々の顔に笑顔が戻っていた。