第112話 ハヌマーンを追え!
文字数 2,290文字
パロの波止場には多くの負傷者が横たわっていた。
その多くはムネモシュネの電撃系の魔法でやられた自警団で、治癒魔法の心得のあるものが呼び集められていた。
最も重症なのはセーラで首を切断されて即死状態と言っていいが、ヤンは諦めずに蘇生に取り組んでいる。
ヤン君の腕を信じるしかありませんね。たとえ首を切断されても、その中身は数分間は生きていると言われているのでヤン君はそれに賭けて、使者を蘇生する魔法ではなくて、治癒魔法を使って全力で直そうとしているのです
貴史は、セーラの身体から流出して、波止場の石畳に血溜まりを作った夥しい量の血を見ながら、ヤンの成功を祈るしかない。
貴史の目の前で、あれほど手ごわかったセーラがハヌマーンに首を切断され、宙を舞った首を受け止めた記憶が生々しくよみがえる。
やがて、ヤンが治癒の呪文を唱え終えると、辺りをほのかな青白い光が満たした。
貴史はヤンの言葉を聞いて、戦って致命傷を負うのは出来るだけ避けなければ改めて思うのだった。
血だまりに横たわっているセーラをソフィアとペーターが介抱し始め、張りつめていた現場の空気がほんの少し緩んだことが感じられる。
セーラの蘇生が確実なものとなり気持ちに余裕が出来たことで貴史は波止場に目を移した。
そこでは、トラブルの原因となったガイアレギオンの帆船がもやい綱を解いて出港の準備を始めている姿があった。
二人が話している間にガイアレギオンの帆船は帆をあげていく、夕暮れ時になり陸風が吹き始めたのでその風に乗って港を出るつもりなのだ。
緊急招集されたらしい乗組員が甲板に駆け込むと、帆船はゆっくりと岸壁を離れていく。
貴史はヤースミーンに話を合わせたものの、到着したばかりのネーレイド号に今すぐ再出港しろと言っても無理なのではないかと思うのだった。
それでも、貴史はヤースミーンと並んで足早に展示会場を目指した。
展示会場では貴史とヤースミーンの姿を認めて、タリーとアンジェリーナが駆け寄り、その後ろに商工会長も続く。
既に展示会場にもハヌマーン一派と貴史達の乱闘騒ぎの情報は伝わっていたのだ。
タリーの質問にヤースミーンは涙ぐんで俯いてしまったので貴史が答えた。
ガイアレギオンの帆船にはハヌマーンが乗っていたのです。ララアはハヌマーンを憶えていてセーラさんと一緒に戦いを挑んでしまったのです。セーラさんはハヌマーンに首を斬られたのですがヤン君が治療してどうにか一命をとりとめましたでも、ララアはハヌマーンに連れ去られてしまったのです。
ヤースミーンは会話の流れに乗って、意を決したようにアンジェリーナに尋ねた。
ハヌマーンはララアを連れて瞬間移動で逃げたのですが、おそらく港に停泊した帆船の中に逃げ込んだものと思われます。でも、その帆船が今夜にも港を出てしまいそうなのです。アンジェリーナさんネーレイド号で追いかけてもらうわけにはいきませんか
アンジェリーナはヤースミーンの要請を聞くと、足元の床を見つめて黙ってしまった。
ヤースミーンはアンジェリーナが断ってくるのではないかと思い、次第に表情が暗くなったが、アンジェリーナはしばらくすると顔をあげてヤースミーンに告げた。
二日待ってくれないかしら。今は船員も上陸してしまっているし、水や食料を補給しないと航海に出ることは出来ないの。その間に展示会を開いて商工会長さんとも契約してしまえば私の用事はほぼ終わりだから、ガイアレギオン船の追跡に手を貸してもいいわよ
貴史は断られると思っていたネーレイド号の支援を受けることが出来て安心するのと同時に、首尾よく追いついた時には自分が正面に立ってハヌマーンと戦うことを想定せざるをえなかった。
ハヌマーンは貴史に剣を教えてくれたクリストや超絶的な剣技を持つセーラでも倒せなかった強敵だ。
まともに戦えば瞬殺される可能性が高いだけに貴史は何か作戦を考えなければと考え込むのだった。