第6話 プレオープンの日
文字数 3,775文字
タリーに拾われるようにしてギルガメッシュの酒場で働くことになった翌日、貴史とヤースミーンは店の大掃除からスタートした。
これまでも旅人を相手に細々と宿屋をしていたらしいが、人出ができたので酒場の営業も始めるというのだ。
タリーは昨日枝肉にしたクロゲウシドリを切り分けてブロックにし、その一部を使って調理を始めている。
酒場の床を水拭きし、同じくざっと水拭きして屋外で乾かしたテーブルと椅子を入れると、色あせて見えた酒場が息を吹き返したようだ。
ヤースミーンが掃除が終わったことを告げるとタリーは厨房にあるお風呂と見間違うような大なべを指さした。
ヤースミーンは元気よく返事をしたが、事はそう簡単ではなかった。
ギルガメッシュの敷地内に井戸があったが、備え付けの木桶を放り込むとカーンと固い音がする。
この地方は冬に向かうところで、井戸は凍り付いていた。
貴史とヤースミーンは荷車に大きな木桶を積んで近くの川まで水を汲みにいかなければならなかった。
大鍋に水を満たして、タリーにもらった種火から火を起こしたが、タリーが拾い集めたらしい湿った枝はけむりがでるばかりでなかなか炎が燃え上がらない。
貴史は後悔しながらギルガメッシュの裏に立てかけてあった斧を手に取った。
薪の材料になる乾いた木材はたくさん転がっているが、のこぎりで引かないと薪にはならないような大きなか塊ばかりだ。
手ごろな大きさの木切れはタリーが使ってしまったに違いない。
残っているものにはそれなりの理由があるのだなと、貴史は感心しながら大きな丸太をのこぎりで引き始めた。
その時タリーが建物から飛び出してきて、だれかを大声で呼び始めた。
タリーの視線の先を見ると、馬にまたがり大きな槍を携えたランサーと、同様に馬上で弓を片手にしたアーチャーのコンビがゆっくりと馬を進めていた。
タリーに気が付いた二人は馬首をめぐらすとゆっくりと近づいてくる。
アーチャーの兵士が気さくな雰囲気でタリーに話しかける。
タリーとは顔見知りらしい。
二人は口々にタリーに尋ねる。
偵察兵らしい二人は顔を見合わせると、夕方には来るからと言ってそそくさと町の方に帰っていった。
しばらくして貴史とヤースミーンがどうにかお湯を沸かした頃、タリーは肉や野菜を山盛りにしたトレーを次々に運んできた。
タリーのお許しが出たので、貴史とヤースミーンはエントランスのソファーにへたり込んだ。
貴史がぼやくとヤースミーンはクスクスと笑った。
文明レベルが中世くらいのこの世界では、電気やガスのほうがよほど魔法のように思えるなと、貴史は疲れた頭で考えた。
ギルガメッシュの酒場は四~五人用の丸テーブルが8セットある結構大きな酒場だ。
店の奥にはオープンキッチン風の厨房があり、客席との間はカウンターで仕切られている。
休憩を終えた貴史とヤースミーンはカウンターの客席側に立ってタリーの料理ができあがるのを持っていた。
夕刻になって、兵士達は友達にも声をかけたらしく、4人で店を訪れた。
タリーの料理が最初のお客達を満足させられるかどうかは、この酒場がトリプルベリーの町で商売するために大事な場面だ。
ヤースミーンは口をとがらせて不機嫌な表情だ。
ヤースミーンが着ているのは貴史の世界ではメイド服と呼ばれていたデザインだ。
タリーが居抜きで買い取ったこの店の倉庫にあったものを従業員用ユニフォームとしてあてがったのだ。
貴史が着ているのも、同様にタリーがくれた白シャツと黒ズボンで、給仕するときは黒い前掛けを付けている。
この世界では中世風のファッションが主流だから、ゴスロリ趣味も似たようなものだ。しかし、ヤースミーンは異国風で違和感を感じるようだ。
貴史が褒めると、ヤースミーンはそうですかとしぶしぶ納得した。
実はヤースミーンの言うとおりで胸元が少し開いていて、彼女の身長の割に大きな胸の谷間が覗いているが、貴史は余計なことは言わないことにした。
木で出来たボウルに、スプーンが添えてある。中にはダイスカットの肉とジャガイモが入っている。いい香りが漂ってきて貴史はよだれが出てきた。
貴史がポトフのボウルを持って行くと兵士達は歓声を上げた。
ギルガメッシュの酒場は町から少し外れた場所にある。トリプルベリーの町自体も今では魔族と対峙する最前線の砦とその周辺にわずかな店がある程度の寂れた町だ。
兵士達は魔族の襲撃に備えて完全武装で出かけてきたらしく。とがった飾りの付いた兜や盾、剣をその辺に積み上げていた。
口々に話す兵士達に貴史は答えた。
兵士達はもちろんだと請け合った。
精悍な雰囲気の騎士たちだが、料理を前にして穏やかな表情だ。
カウンターに戻った貴史はタリーに報告した。
タリーが出したのは、五百グラムはありそうな骨付きの肉のかたまりだった。
ヤースミーンと貴史がメインディッシュを運ぶと、兵士達は無言で肉にかじりついた。
時折、パロの火酒のお代わりを運ぶ間も兵士達は夢中で食べていた。
貴史がつぶやくとヤースミーンが答えた。
貴史は兵士達の方を見ながら、どおりでおいしそうに食べるわけだなと思った。
やがて、兵士達は満腹したと見えて、口々に礼を言いながら身支度をして帰って行った。
タリー自信満々の顔で貴史達に尋ねた。ヤースミーンはカウンターに片肘を突いた姿勢で答えた。
タリーの言葉にヤースミーンはびしっと姿勢を正した。
貴史とタリーそしてヤースミーンは客用のテーブルでクロゲウシドリ料理を試食した。
クロゲウシドリはトリと名付けられているが肉質は牛に近い。ポトフの肉は柔らかく煮込まれ、煮汁はコンソメスープのように澄んだ味だ。
そして背肉のローストは、表面がぱりっと焼かれ、中心部の肉はほんのりとピンク色でジューシーな味わいだった。
別にレポートする必要もないがコメントが口をついて出てくる。
貴史とヤースミーンは夢中になって食べた。
貴史は、パロの火酒のグラスを片手にうんちくを語るタリーを見て、こいつは只者ではないと思いはじめていた。
従業員の試食会がそろそろ終わろうとしていたとき、ギルガメッシュの酒場の入り口の戸が開いた。
入ってきたのは、二十歳前後に見える女性だった。身長は百七十センチ弱くらい。六頭身のプロポーションに背中まで届くストレートの黒髪。大きな目とすっきりとした鼻梁が目を引く美人だ。