第25話 チャンドラーの微笑
文字数 2,357文字
パシッ。
ガネーシャが見詰める盤面に勢いよく駒が指された。彼の矢倉囲いは横合いから攻められて、もはや形をとどめていない。
次の一手を差しあぐねたガネーシャは長い鼻で歩をつまむと一歩進めた。
ガネーシャはどうでも良いようなことを言い張った。
その間にチャンドラーは持ち駒から金を取ると、ガネーシャの王将の横に打った。
ガネーシャは盤面を見ると慌てていった。
チャンドラーはうなずくとパンパンと手を打ちながら言った。
別室から、トンキーがうなり声で返事をするのが聞こえた。ガネーシャの居室は城の地下、ダンジョンの最深部にあるが、探検に来た冒険者が入り込めない箇所に城の最上階に直結するエレベーターが設けられていた。
エレベーターの動力源は、ガネーシャの腹心の三つ目の象の魔物達だ。
ガネーシャとチャンドラーがエレベーターのケージに乗り、合図を送ると2頭のパオームは勢いよく弾み車を廻し始める。
エレベーターはするすると登り始め、程なく城の最上階に着いていた。
ガネーシャとチャンドラーはエレベーターホールに降り立つと、さらにはしごを登って城の屋上に出た。
エレファントキングの城はもともと土地で栄えていた民の王族が住む城だった。
二百年ほど前にハインイリッヒ王の祖先が東方から侵入してきて、激しい戦いの末、土着の民族は滅ぼされた。
それ以来、城は長い年月の間荒れ放題となっていた。ガネーシャ達が城に居座って、地下にダンジョンを作ったのはつい最近の話だ。
城から見渡した景色は昨夜のうちに一変していた。
夜の間に雪が降ったのだ。
城の周りの平原は白一色に埋め尽くされ、遠くに広がる森も雪化粧していた。
南国生まれのチャンドラーは初めて雪を見たようだ。おそるおそる指先で雪に触れる彼女を見ているとガネーシャの茶目っ気が首をもたげてきた。
その辺の雪をかき集めて雪球を作るとチャンドラーを呼ぶ。振り返った彼女の顔にガネーシャの投げた雪球が見事にヒットした。
最初は何が起きたか理解できなかったチャンドラーは、事態を把握すると自分も雪球を作り始めた。
チャンドラーは特大の雪球をガネーシャに投げ返す。
彼女とガネーシャの雪合戦はしばらく続いた。
雪合戦の次のお約束は雪だるまだ。二人は雪球を転がして特大の雪だるまを作った。その辺にあった木ぎれで顔を作ろうとしているチャンドラーを身ながらガネーシャは思った。
三次元の大人の女なのに何故自分は普通に接することが出来るのだろう?。もし自分が象顔の魔物で無ければ手を出せそうな気がする。
漆黒の髪の毛に雪のかけらをくっつけたままで雪だるまの顔を作ろうとしているチャンドラーは美しかった。
ガネーシャは無言で佇んでいた。自分で理由を付けては、新しい事に手を出すのを逡巡するのがガネーシャの性分だ。
雪だるまを仕上げたチャンドラーは城の屋上バルコニーから雪に覆われた世界を見て歓声を上げている。
ガネーシャはバルコニーの端に立つチャンドラーに言った。
ガネーシャはうなずいた。
魔族が人の街を襲撃しても全てを滅ぼすような真似はしない。かつて繁栄したであろうこの城の主やその民は跡形もなく消え失せ、廃墟が残っているのみだ。
恐ろしいのは人と人の争いかも知れないとガネーシャは思った。
気を取り直して、景色を眺めようとしたチャンドラーは、雪原の彼方に動く者が居ることに気がついた。
それは隊列を組んで行軍してくる人の軍勢だった。遠目にも見える長い隊列はその軍勢の多さを物語っていた。
エレベーターホールへのはしごに向かうガネーシャにチャンドラーが寄り添う。
城の周辺には再び雪が降り始めていた。