第88話 ヤースミーンの火加減

文字数 2,074文字

貴史達がヤヌス村に到着したときには、戦いは終盤に差し掛かっているかに見えた。


ヤヌスの村は周囲に高い城壁を張り巡らせた堅固な要塞のようになっているが、その城壁には貴史の苦手な軟体動物の白いからだが一面に張り付いて、少しづつ城壁の上に登っている。


貴史は壁一面に動く白い生き物を見て鳥肌が立つのを感じた。


それでも村人は抵抗を続けていた。時折、鋭い稲光がひらめき、城壁からばらばらとクラーケンの個体が落ちていく。


城壁の上からは数人の村人が、無数に押し寄せるクラーケンに矢を放っているが、そのうちの一人は飛んできた槍が刺さって壁の内側に落ちていく。


押し寄せたクラーケンの大半は壁にへばりついているが、手前の地面に立っているものもおり、そのうちの数体が細い棒を槍のように投げているのだ。

あれって、腕というか足の長さをフルに使ってスリングショットみたいに投げているから相当威力ありますね
ヤースミーンは冷静に分析する。
大体、なんでイカが武器を使うんだよ
貴史が見当違いな文句を言うと、ヤースミーンは笑って答える。
あれは魔物ですからね。特にクラーケンは人に近い知能があると言われていますよ
貴史は嫌いな軟体系の生き物が武器を使っているのを見て、嫌悪を通り越してムカついている。
シマダタカシの旦那、ヤヌス村が滅びてしまったら我々としても拠点の一つがなくなってちょいと痛いですぜ。ここはクラーケンどもを一掃して村の連中を助けてやりやしょう
それはいいけど、クラーケンの数が多いし、武器も使うのなら手ごわいのではないかな
貴史は自分たちのチームに死者が出るのは気が進まない。
大丈夫、あっしが今作戦を考えやした。ヤースミーンさんの火炎の魔法は到達距離が二十メートルくらいでやしたよね
ええ、そんなものですね
ヤースミーンは自分の魔法の到達距離を聞かれて不思議そうに答える。
それでは、あっしの作戦を説明しましょう。作戦の第一段階は槍を投げて居るクラーケンを一掃します。これはクロスボウをお持ちの方と、チームの弓矢が得意なものがあたり、一斉に攻撃を仕掛けてせん滅します
タリーは自分が作ったクロスボウに矢を装填し始める。
作戦の次の段階は、密集隊形をくんで邪魔をするクラーケンを切り伏せながらヤヌス村の防御壁の下まで突進します。ここではドラゴンの捕獲チームが先頭に立ってもらいます
貴史を取り巻く捕獲チームの精鋭たちはみな精悍な表情でうなずくが、貴史はイカの集団の真っただ中に切り込むのは何となく気が進まない。
最後に、火炎の魔法の到達距離まで迫ったところでヤースミーンさんの魔法で一気にけりをつけるという寸法でさあ
わ、私がけりをつけるということなのですか
ヤースミーンはヤヌス村救援作戦の主役に祭り上げられて、どうしたらいいかわからないようすだ。
それでは、襲撃にかかりやしょう。突入部隊はヤースミーンさんを中心して向こうにある丘の死角からできるだけ気づかれないように村に接近、その間にクロスボウと弓部隊がやり投げをしているクラーケンを射程に捕えて一斉に攻撃。突入部隊はそれを合図に一気に攻め込んで防護壁の下まで到達する。簡単な話でやしょう

口で言うのは簡単だけどなと貴史は心の中でつぶやきながら剣を準備した。いつも使っているドラゴンスレイヤータイプではなく、日本刀タイプを選ぶ。


イカが相手ならば、切れ味が良い方を選んだほうがよさそうだと思ったのだ。


貴史を先頭に、固まった捕獲チームは隊列の中心にヤースミーンを置いて守りながらヤヌス村に忍び寄った。


できるだけ発見されたくないので、馬は使わず徒歩で体制を低くして丘の陰からにじり寄る。


村の手前にある丘を回り込んだところで槍を投げていたクラーケンたちが次々と倒れ始めた。


間近まで接近したタリーたちが攻撃を始めたのだ。

みんないくぞ

貴史も腹をくくって刀を抜くと駆け出した。


村の防護壁が近づくとさすがにクラーケンたちが気付き、立ち向かってくる。


貴史はクラーケンが振り回す武器をかわして刀を叩きつけたが、クラーケンの弾力のある皮膚と粘膜に阻まれてさほどの傷を与えていない。


貴史はヤースミーンが刃物は引かなければ切れないと言っていたのを思い出して、刀を引きながら振り切ると、クラーケンは両断されて崩れ落ちていた。


貴史は数体のクラーケンを斬ったところで、自分たちが村の城壁の下までたどり着いていることに気づく。

ヤースミーン、そろそろ火炎魔法の攻撃が届かない?

貴史が尋ねると、ヤースミーンはおもむろに魔法の詠唱を始める。


やがて、ヤースミーンが火炎の魔法を解き放つと、ヤヌス村の城壁にとりついていたクラーケンたちは次々と炎に包まれていく。


炎に包まれたクラーケンはばらばらと落下して地面の上で丸く巻き上がっていった。


あらかたのクラーケンが炎に包まれたのを見て、突入部隊のメンバーは歓声を上げたが、そのうちの一人が言った。


あの、火の勢いが強すぎて城壁まで燃えちゃっていませんか
貴史が見上げると彼の言葉通り、堅固に見えていた城壁はあちこちから炎を吹いて炎上する気配を見せていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色