第115話 停戦協定

文字数 2,706文字

ネーレイド号は一昼夜嵐に翻弄されたが、船体に大きな損傷を受けずに嵐を乗り切ることが出来た。


しかし、波が収まって甲板上に出た貴史達はさすがに船酔いでぐったりとしている。

どうにか嵐を乗り切れたみたいですね
そうだね。僕はもうだめかと思ったよ

貴史とヤースミーンはボソボソと言葉を交わした。


夜の間は遊園地の「パイレーツ」のような揺れが続いたため貴史は睡眠不足も手伝って朦朧としている。


船酔いは大丈夫でしたか?嵐は乗り切ったからもう大丈夫ですよ

アンジェリーナが貴史達に声を掛けるがその顔は憔悴している。


ネーレイド号のクルーは夜を徹して操船にあたり、嵐による被害を最小限に食い止めたのだ。

私はまだ揺れているみたいで気持ちが悪いです

ヤースミーンが苦笑気味にアンジェリーナに答えるが貴史も同感だった。


その時、ネーレイド号の帆桁の上から声が響く。

前方に帆船、パロに入港したガイアレギオンの船です。帆を降ろして漂流しています
見張りの報告を聞いてアンジェリーナは望遠鏡を取り出して、ガイアレギオンの船を観測する。
甲板上に船員が見えるが、ダメージコントロールがなっていないな。あれでは帆を張って動けるようになるにはしばらくかかる。それに喫水がやけに深くなっているから、船体内に浸水している可能性もある
アンジェリーナの観察は貴史達にとって良い知らせなのだが。貴史個人としてはハヌマーンと対決しなければならない時が迫り、落ち着かない気分だ。
ええ!もう追いついちゃったの?私はまだ体の調子が完ぺきではないのに
セーラはソフィアを伴って甲板に出てきたが、ガイアレギオン船発見の報告を聞いて高ぶった気分を隠さない。
セーラさん、もしもハヌマーンが現れてもまだ戦っては駄目ですよ。足元がふらついている状態で戦いを挑んでも勝てる相手ではないですよ
セーラがはハヌマーンとのリターンマッチに向けて前のめりな雰囲気なので、ソフィアはセーラが無理をしないように引き留めるのに必死だ。
大丈夫よ、私達には勇者シマダタカシもいるから、勝機は必ずあるわ
貴史はセーラに勇者呼ばわりされてまんざらでもない気分だが、聞き覚えのある衝撃音を耳にして緊張を高めた。
誰かが瞬間移動してこの船に乗り込んだみたいです、シマダタカシ気を付けてください
貴史はヤースミーンに注意を促されて周囲を見回したが、至近距離にマントに金色の仮面をつけた戦士が佇んでいることに気が付き身を固くする。
ハヌマーン、何のつもりでこの船に乗り込んだ!

貴史は持っていた剣を鞘から抜くと頭上に振りかざしてハヌマーンと対峙する。


背後でヤースミーンが早口に攻撃支援魔法を唱えているのが聞こえ、貴史は自分がハヌマーンと先端を開く前に、せめてヤースミーンが攻撃支援魔法をかけてくれればよいのにと祈るような気持ちで考えていた。

ほう、ギルガメッシュの酒場のボーイさんだな。そちらには私が首をはねたはずのお姉さんも健在のようだ。オーバーキルと思えるほどのダメージを与えたのに、血色のいい顔をして潮風に当たっているから、そなた達にはよほど腕の良いヒーラーがいると見えるな
貴史はハヌマーンに反則技を使って復活していると咎められているような気がして、落ち着かない気分になるが、セーラは強い意志を秘めてハヌマーンの前に進み出る。
私達にはヤンという凄腕のヒーラーがついているのよ。その腕たるや死体となった兵士を復活させる程のものなの。先日はダガーが引っかかっている時にやられたけど、そういつもあなたに幸運が訪れると思わないほうがいいわよ

セーラは既に二本のダガーを鞘から抜き放って両手に構え、臨戦態勢を取った。


その様子は、先ほどまで大量出血のためにふらふらしていた状態とは別人のようだ。

まあ待て、私は取引に来たのだ。お前の投げたダガーは私が仕える人に重傷を負わせ、刺さった位置が頸動脈に近いため、ヒーラーがそれを引き抜いて治すことが出来ないのだ。腕の良いヒーラーを私に貸してくれるならば相応の礼をさせてもらうつもりだ

ハヌマーンは自分の剣の柄に手をかけることもせずに平然と話している。


貴史は敵中に単身で乗り込むハヌマーンの豪胆さに感心したが、よく考えるとそれは貴史やセーラが戦いを挑んでも一人で戦う自信があってのことなのだと思い至り、掌に汗が出るのを感じる。


停戦を申し出て、負傷者に対する人道的な配慮を求めると言うことですね

状況に気が付いたアンジェリーナは気丈にハヌマーンに問いかけるが、ハヌマーンは落ち着いた声で答える。


いかにもその通りだ。謝礼については協議させてもらうので取引に応じてもらえないだろうか

アンジェリーナとハヌマーンが話している間にセーラはダガーを投げようとしたが、ヤースミーンがその手を押さえて制止する。


セーラさん自重してください。あの男は話がこじれたらこの船を皆殺しにしてでもヤン君を連れて行く気です

貴史は、ヤースミーンの言葉が真実を言い当てていると気が付き背筋が凍るような気分になる。


それでも貴史は頭上に振りかざした剣を降ろすことはせずに、ハヌマーンと対峙する姿勢を崩さずに状況を見守る。

私の考えをお見通しだとは恐れ入ったな。しかし、私も人に頼むからには力ずくで支配するよりは話し合いを選びたい。取引に応じてくれるならそなたたちの安全を保障しよう

単身で敵の船に乗り込んだハヌマーンが、主導権が自分にあるかのように振舞うのを見て、貴史は嘆息したい気分だが、それを外見には現さない。


ヤースミーンは硬い表情でハヌマーンに告げた。

取り引きをすると言うのなら、私たちにララアを返してください。それに船主のアンジェリーナさんとヤン君にも相応の謝礼を頂きたいです
ハヌマーンは仮面越しに自分を取り囲む敵方の人々を見回したが、温和な雰囲気でヤースミーンに答える。
その申し出は妥当なものだな。ララアについては少々手に負えなくなってきたところなので、本人の意向に沿うように計らおう。謝礼としてはヒーラーと船主にそれぞれ金貨を一袋渡すことで手を打たないか?パロの港での一件は街の用心棒が私達に闇雲に戦いを挑んできたために引き起こされた事件なのだから、こちらが慰謝料を頂きたいくらいだ

ハヌマーンの言葉を聞いて、セーラの手がピクリと動いたが、ソフィアがその腕にしがみつくようにして制止する。


アンジェリーナはハヌマーンに挑むように言い渡した。

それでは、取引の条件はそんなところで、これからあなたの船に接舷させてもらっていいかしら。取引をするならそうするのが妥当でしょう?

ハヌマーンは水平線の辺りに小さく見える自分たちの船を眺めてからゆっくりとうなずいた。


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