第22話 ヤースミーンの回想

文字数 2,537文字

午後の遅い時間にヤースミーンはギルガメッシュの酒場に置いてある鉢植えに水をやっていた。



ヒマリア国のこの辺りはもうすぐ雪に閉ざされる。それ故、暖房が途切れないようにして部屋の中で鉢植えの植物を維持するのは贅沢なことだった。



鉢植えの一つにはジャスミンが植えてあった。ヤースミーンは母親から自分の名前はジャスミンにちなんでいると教えられていたのでその鉢植えをひときわ大事にしていた。

可愛らしい
いつの間にか横に来ていた貴史がぼそっとつぶやいた。
え、この花のことですか

ヤースミーンは顔を上げた。数日間の付き合いだが、ヤースミーンは貴史が人付き合いの下手な男で、ヤースミーンをほめそやすようなことはできないことを把握していた。



ブレイズとは違うものだ。不器用な彼が何かにかこつけてその言葉を口にしたのかと思うとヤースミーンは自分の顔が赤らむ気がする。


いや、ジャスミンの花言葉だ

花言葉って何ですか
ヤースミーンは不思議そうな顔で問い返す。貴史は固い口調で説明し始めた。
俺の世界ではいろいろな花に、その花の姿に見合った花言葉というものがあったんだ

本当ですか。その話はシマダタカシが作ったのではないですよね



ヤースミーンは面白そうに追究し始めた。貴史は慌てて否定する。



ヤースミーンは久しぶりに自分の気持ちが弾むのを感じた。



しかし、自分が背負っている十字架を思い出してヤースミーンの笑顔はたちまち曇る。



貴史もヤースミーンが急につらそうな顔をして俯いたことに気がついた。

ごめんなさいシマダタカシ。私はこんな風に楽しく時間を過ごす資格はないのです

豹変したヤースミーンの様子に貴史は昨日、彼女が相談があると言っていたことを思い出した。


どうしたんだヤースミーン。昨日、相談があると言っていたことと関係があるのか



ヤースミーンはうなずいた。そしてぽつりぽつりと自分の過去を語り始めた。



貴史と出会う前、ヤースミーンのパーティーはエレファントキング討伐を目指して意気が上がっていた。



ダンジョンの奥深くまで進み明日はエレファントキングに手が届くというところでビバーグしていたのだ。



夜中と思われる頃、ヤースミーンは目を覚ました。戦いを繰り返してダンジョンを進んできたため、疲れで寝入っていたが、一度目覚めると明日に迫っていると思われる最後の戦いを前になかなか寝付くことが出来ない。



近くからヤン君の寝息は聞こえるが、アリサとブレイズの気配はない。ヤースミーンは起きあがるとその辺を歩いてみることにした。




ダンジョンの地下回廊はそこかしこにヒカリゴケが生えていた。微弱な光だがそのおかげ

で、たいまつ無しでも、歩き回ることが出来る。



ビバーグ場所に選んだ広場から少し歩くと、微かに人の声が聞こえる。アリサたちだ。そう思ったヤースミーンは近寄ろうとして、途中で歩みを止めた。



二人が抱き合っていることに気付いたからだ。



物陰に隠れたヤースミーンは立ち去ろうと思ったが、吸い寄せられたように二人から目を離すことが出来ない。



ヤースミーンは以前からブレイズに思いを寄せていたのだ。



聞くまいとする心と裏腹に、ヤースミーンの耳は二人の囁き声を聞き取ってしまう。


大きな声を出さないでくれよアリサ。ヤースミーンに知られたら大変だ。俺たちのパーティーはあいつの魔法のおかげでもっているんだからな

それならあの子にもっと優しくしてあげなさいよ。いつもブレイズのことをじっと見ているのを知っているでしょ


ブレイズの言葉と、アリスがクスクスと笑う声がヤースミーンを打ちのめした。



ここまで冒険をしてくる間に、ブレイズがもしも自分がエレファントキングを倒しても意中の人がいるからレイナ姫をめとるのは辞退するつもりだと言うのを耳にしていた。意中の人というのはもしや自分ではないかとヤースミーンは徒な期待をしていた。



二人の会話を盗み聞きするのに耐えられなくなったヤースミーンは、気付かれないうちにビバーグ場所に戻って寝たふりをした。



そしてまんじりともしないで朝を迎えると最後の戦いに臨んだのだ。



ヤースミーンたちがダンジョンを進んでいくと、洞窟の中央に開けた広間では、グリーンドラゴンが待ち構えていた。




ブレイズとアリサは命がけでグリーンドラゴンに攻撃を仕掛ける。




そして、ブレイズたちがグリーンドラゴンの注意を引き付けた隙に、ヤースミーンが眠りの魔法をドラゴンにかけた。




その結果グリーンドラゴンはウツラウツラと眠り始める。




近づいただけで目を覚ます可能性もあるので、あえて攻撃はしないでヤースミーンたちはドラゴンの前をゆっくりと通過した。




難敵に消耗することなく最後のボスに立ち向かえる。



パーティーの四人は勝利の予感さえ感じていた。



ヤースミーン達が更に進むと巨大な石柱が林立する大広間に差し掛かった。大広間は薄暗い中、天井が見えないほどのスケールだ。



その広間の奥に祭壇があった。周囲には何故か魔物の気配はない。

ここはダンジョンの最深部だ。どこかに財宝があるかも知れないから皆で手分けして探そうぜ。お宝が見つかったら、エレファントキングなど倒さなくてもいいから四人で山分けしよう



ブレイズが皆に言った。パーティーの四人は互いに幼なじみだ。仲がよい故にパーティーを組んで冒険をしている。



ヤースミーンも昨夜のことは心の隅にしまって、皆と一緒に宝を持ち帰るつもりで大広間の中を探し始めた。



四人が散らばって、財宝の捜索を始めた直後に大広間に不気味な咆哮が響いた。



仲間が離ればなれになったのを見計らったように魔物が出現したのだ。



ヤースミーンが咆哮が聞こえた辺りを見ると、三つの目を持つ巨大な象の姿をした魔物が、アリサと対峙していた。



早く援護しなければ。そう思ったヤースミーンは駈けだした。大型の魔物と戦士が戦う時には魔法による援護が欠かせないのだ。




走りながら雷撃の魔法を唱えていたヤースミーンの脳裏に、不意に昨夜のアリサのクスクスと笑う声が浮かんだ。



ヤースミーンの駈ける速度が落ちて、魔法は立ち消えていく。



その時、魔物はその巨体から想像も付かないような速さで突進すると、その長い牙でアリサをすくい上げた。




腹部から背中まで牙で貫かれたアリサの口からゴフッという音と共に大量の血が噴き出していた。

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