第4話 スライムの抜け道
文字数 2,527文字
貴史にとっては魔法が使えることや魔物が跳梁跋扈していること自体が不思議だが、今はそこに拘泥している暇はない。
ヤースミーンは、俯いたまま黙っていたがやがてぼそっと答えた。
ヤースミーンには話したくない事情があるようで、貴史は仕方がないので話題を変えた。
今の貴史たちにとってドラゴンは強力すぎる。
立ち向かっても一瞬のうちに火炎のブレスで黒こげにされそうだ。
貴史は何か方法はないものかと周囲を見回した。するとスラチンが思惑ありげにピョンピョンと飛び上がっているのに気がついた。
スラチンは貴史の言葉を理解したのかピョンピョンと進み始めた。そして通路の途中で壁が崩れている場所で崩れた石材の影に消えた。
貴史が石材の影をのぞき込むと、そこには高さが五十センチメートルほどの穴が空いていた。
ヤースミーンは無言でうなずいた。貴史は四つんばいになって穴に入った。背後からはヤースミーンも同じようにして付いてくる気配がする。
穴の中は所々でひび割れた部分から光が差し込んでいる以外は真っ暗だった。迷ったら元の場所に戻れるかも怪しいものだ。貴史は不安を打ち消そうとヤースミーンに話しかけた。
ヤースミーンがブレイズと呼んでいるのが黒焦げになっていた戦士らしい。
雲行きが怪しくなってきたので貴史は話を変えた。
幸い、トンネルは狭いが、枝分かれしている個所はなかった。
性格の違いというのだろうか。貴史と正反対のことを考えていたヤースミーンの言葉のせいで、貴史は自分が閉所恐怖症ぎみなのを思い出した。
今までは気が張っていたから、前に進むことしか考えていなかったのだ。ろくに前も見えない洞窟を手探りで進むことに息苦しさを感じ始めた。
幸い、貴史がパニックを起こす前に遠くの方からスラチンの声が微かに聞こえてきた。
やがて、洞窟の壁伝いに光が漏れてきた。出口が近いのだろうか。ペースを速めて進み始めた貴史は、突然自分が光に照らされていることに気がついた。
上を向くと、ぽっかりと空いた穴から青い空が覗いている。
外までの高さは二メートルほどあったが、穴が小さいのでどうにかよじ登ることが出来た。
貴史は地上に出ると、下から登ってこようとして悪戦苦闘しているヤースミーンを引っ張り上げた。
周囲は平原で、少し遠くに森があるのが見える。
貴史達が穴からはい上がったのを見てスラリンがピョンピョンと跳びながら近づいてきた。
スラチンは貴史のまわりを飛び回った。少したれた目と赤い口が笑っているように見える。
貴史は肩をすくめた。異世界転移したものの戦士としてはレベル1クラスからスタートしなければならない。
チートな能力を駆使して縦横無尽の活躍というわけにはいかないようだ。
ヤースミーンは手を差し出してきた。
この世界にも握手の習慣はあるのだろうか?。
貴史がヤースミーンの手を握ると、彼女の柔らかい手からほのかな温かさが伝わってきた。
ヤースミーンが歩き始め、貴史とスラチンが後に続く。
その時、どこからか彼らを呼び止める声が聞こえた。
俺のことだろうかと思って貴史は自分を指さしてみた。
声は薄暗くなった森の中から響いていた。
声の主は森の陰にいるため貴史はその姿を見定めることはできなかった。