第86話 あの空の向こうで
文字数 2,511文字
ギルガメッシュのスタッフの夜食会が終わった後、貴史はヤースミーンと一緒に自分たちが南に向けて旅立つつもりだとタリーに告げた。
キノコご飯が皆に好評で上機嫌だったタリーは、二人の真面目な表情を見て椅子に座り直した。
タリーは感慨深そうに、貴史とヤースミーンの顔を交互に見ていたが、何かを企んでいるよ
うな笑顔を浮かべて言った。
バンビーナの両親のボーノとべルタは普段から調理場を手伝ってくれており、ボーノの料理の腕前はタリーも一目置くほどだ。
これまでにもボーノとベルタに短期間ギルガメッシュの店番を頼んだことはあったが、エルフの二人では宿と酒場を運営するうえで一つ問題があった。
ヤースミーンが懸案事項を口にするが、タリーはのほほんとした顔で答える。
どうやらタリーは、新顔の魔物を料理することが楽しみで旅に出ようとしているらしい。
貴史にとっては魔物と遭遇することなど厄介事でしかないが、タリーにとってはそれが新しい味覚との出会いとなるわけで、人の考え方は様々だ。
そう考えれば、タリーの行動は軌道に乗ってきたギルガメッシュの酒場を使用人に任せて自分は旅行に出かけるセレブ経営者の振る舞いに似たものかもしれない。
貴史にとってタリーはこの世界に来て以来世話になった恩人なので、一緒に旅をすることが出来るのは実はうれしいことだった。
貴史が答えると、タリーは嬉しそうにほほ笑んだ。
翌朝から、リヒターが隊長を務めるドラゴンハンティングチームの出発準備が始まった。
タリーが提供した馬を使った馬車も加わり、その陣容はにぎやかなものになりそうだ。
しかし、荷車に積み込んでいく荷物をめぐって、タリーとリヒターの押し問答も始まる。
リヒターが指摘した鉄鍋は直径が一メートル近くあり、肉厚の鉄でできた鍋だった。同じ素材でできた丈夫な蓋もあり、相当な重量がある代物だ。
リヒターは承知しかねる表情だったが、タリーの脇に立ったヤースミーンが自分をにらむのを見てたじろいだ。
ヤースミーンは鉄鍋があれば、ピザを作ることも可能だと聞かされて、鉄鍋を擁護するつもりだったのだ。
リヒターは大勢の隊員を束ねる立場だけに、空気を読むのは早く、鍋一つで時間を取られるよりは、ほかの準備を進めることを選んだようだ。
タリーが満足そうに鉄鍋を馬車に乗せ、ほかの身の回り品を取りにギルガメッシュの建物に戻ったとき、南のほうから荷を乗せたロバを引いて歩いてたどり着いた商人たちが宿のフロントに向かうのが見えた。
商人たちは、一様に眉を顰めると貴史に言う。
商人の一人が驚いた様子で言う
商人たちは口々に話し始めた。
貴史は商人たちに情報提供の礼を言うと彼らのチェックイン手続きを済ませ、遥か南に連なる山脈に目を凝らした。
貴史とヤースミーンは並んで南の空を見ながら、姿を消したララアに思いをはせた。
ヒマリアの短い夏は終わり、森の木々は鮮やかに紅葉し始めており、南へ渡る翼竜型の魔物がきれいな編隊を組んで空をよぎっていく。
ヤースミーンは並んで南の空を眺めながら貴史の手をギュッと強く握った。