第61話 ハンスのブートキャンプ
文字数 2,602文字
ハンスが闇の中を忍び寄ってくる敵の兵士に目を凝らしながら尋ねると、ハンスが率いる5人の兵士のうち、二人が手をあげた。
ハンスの問いに、二人はうつむいて答える。
ララアが操るマッドゴーレムの超絶的な破壊力を見たあとなので、気後れしているのだ。
しかし、初級者向けの魔法とはいえファイヤーボールは便利な攻撃技だ。
ハンスの問いに一人の兵士が答え、のこりの者も頷いている。
ファイヤーボールができる二人は持っていた弓と矢をハルトマンに渡し、ハルトマンは岩陰に矢を集めて、体制を整え始めた。
残った二人が頼りない声を出すので、ハンスは噴き出した。
ハンスはむっとしてララアに文句を言うが、ララアはウインクして見せる。
ハンスが制止した時には、マッドゴーレムの顔からバシュッっと発射音が漏れていた。
至近距離の林の中で火球が広がり、巻き上げられた土砂がハンス達に降り注いだ。その上を猛烈な熱風が吹き付ける。
それでも、ララアが距離を考えてパワーをセーブしたのは理解できた。
ハンスは今の攻撃で敵が壊滅したことを期待して丘の下をのぞき込んだが、土砂に半ば埋もれていた敵兵が、ムクムクと起き上がってこちらに向かってくるのが見える。
そういえば、出かける時に自己紹介してもらった覚えがあるが、ハンスはこの先どうなるかで頭がいっぱいで聞き流していたのだ。
アルベルトとダニエルはソフトボール大の火球をポンポンと丘の下に打ちまくり、命中した敵兵は炎に包まれている。
初級レベルとはいえ魔法攻撃の威力は高い。
その横ではハルトマンが弓を構え、遮蔽物の間を走り抜けようとする敵兵に的確に射かけている。
ハンスが打ち合わせをしている間にアルベルトとダニエルの攻撃で敵は数名が倒れ、残りは遮蔽物の影に釘づけにされたようすだ。
しかし、全力で打ち続けた二人はMPを使い果たして息も絶え絶えだった。
ハンスは剣を抜いて丘を駆け下り、カールとエルマーがつづいた。
ハンスはひるんだ敵の群れに飛び込んで切りまくるつもりだったが、敵の中からひときわ大きなシルエットが進み出るとスラリと長身の剣を抜き放った。
その顔からは象の鼻が伸びている。指揮官クラスの獣人兵士だ。
ハンスは勘弁してくれよと心の中でつぶやいたが、もう引き返すことはできなかった。
ハンスが右上から振りかぶって渾身の力で打ち下ろした剣を獣人は軽く受け流した。
相手のターンとなり一撃、二撃と繰り出される剣は鋭い太刀筋でハンスは受けるのがやっとだ。
やせ我慢だが、エルマーたちが戦いに加われば、敵兵も加勢に駆けつけてあっという間にやられる予感がする。
ここはハンスが戦わなければならない場面だ。
数回剣を合わせて、ハンスの息が上がり始めた時、平原の彼方で眩い光が弾け、火球が広がるのが見えた。ララアは攻撃を続けているのだ。
その時、ハンスは相手の獣人がララアの攻撃で燃え上がる火球に背を向けていることに気が付いた。奴は気が付いていない。
ハンスは身を低くして爆発の衝撃波をやり過ごすと、爆発に気付いていなかったために衝撃波に突き飛ばされた恰好の敵に鋭く切りつけた。
ハンスの剣は頑丈な敵の甲冑と鎖帷子の隙間をついて、敵の二の腕に深く突き刺さっていた。
深手を負った敵は、焦って片手で剣を振りまわすが、その切っ先をかわしたハンスは敵の足の甲に剣を突き刺した。
象の顔を持つ獣人は闇雲に剣を振り回すがその動きは鈍い。ハンスが敵の剣をかいくぐって突き出した剣は鎧の喉あてを貫いて相手の喉に突き刺さっていた。
噴き出した血は剣を伝わって流れ落ちる。ハンスが剣を引き抜くと獣人は崩れ落ちた。
ハンスはゴボゴボと湿った音を立てて地面に転がる相手を眺めながら、左手に盾を構え、右手で血染めの剣を高くかざした。
「次はだれだ」と無言の威圧をするポーズ。
これやってみたかったんだよなとハンスは得意げに考えるが、本当に別の敵がかかってきたらハンスは力を使い果たしていて戦う余力はない。
その時ハンスの背後から明るい火の玉が頭上を越えて敵兵が潜むあたりに飛んで行った。
光の玉はその後も次々と飛ぶ。
ハンスはさっきの様子から、アルベルトとダニエルが息絶えそうになりながらファイアーボールを打っていることがわかるが、敵は浮足立った。
1人の突撃歩兵が後方に駆けだすと他の兵士も続き、残っていた敵兵はあっという間に敗走していた。
丘を登ろうとして気が抜けてよろけるハンスをエルマーが慌てて支えた。