第49話 韜晦していなさい
文字数 2,702文字
貴史がギルガメッシュの屋根裏部屋に行くと、共用スペースでララアが書き物をしている最中だった。
ララアはヤースミーンが持っていた古代ヒマリア語のテキストを借りて、自分が見やすいように古代ヒマリア語版を編纂しているのだ。
それには膨大な量のテキストを確認しながら手書きしなければならないが、彼女は急ピッチで作業を進めている。
その過程でララアの言語能力は確実に向上していた。
ボキャブラリーが増えたララアは急に大人びた口調になり、貴史など話しかけにくいほどだ。
彼女がヤースミーンに聞いているのは難解な単語の範疇に入るもので、現代ヒマリア人の大人でも知らないものは多い。
単語を書き写したララアはうっすらと笑顔を浮かべた。貴史にはもはや理解が難しい。
その時、建物中に響き渡るような悲鳴が響いた。
貴史はヤースミーンにうなずくと、階下に駆け降りる。そして、その後ろにはララアも続く。
地下まで駆け下りた貴史は、廊下に倒れている人影を発見した。
マルグリットだ。
彼女は不自然な姿勢のままで仰向けに倒れている。それはまるで、ドアを閉めた姿勢のままで後ろに倒れたようだった。
貴史は嫌な予感に襲われながらマルグリットの前のドアを開けた。
次の瞬間、貴史が目にしたのは数百個の目が一斉にこちらを向いた光景だった。
倉庫の床や壁そして天井に至るまでびっしりと生きたメガスネイルが張り付いていて、ドアを開けた貴史の方に一斉に目を向けたのだ。
貴史は叩きつけるようにドアを閉めると、自分の手や顔を触ってみた。
まだ石化の呪いは受けていないようだ。
貴史が呼ぶまでもなくヤースミーンも後ろに来ていた。
ヤースミーンは口を手で押さえて絶句する。
その横で、倒れたマルグリットの横にしゃがみ込んでいたララアは何かの呪文を唱え終えた。
ララアが石化の呪いを解いたので、先ほど聞こえて来たけたたましい悲鳴が再開された。
マルグリットはメガスネイルの石化の呪いにかかって、悲鳴を上げている最中に固まっていたのだ。
貴史は自分がドアを開けた時の情景を思い出し、どうしたものかと考える。
二人がマルグリットを助け起こしている間に、ララアは何かの魔法の呪文を口にし始めた。
ララアが呪文の仕上げに右手を振り下ろすと、倉庫の中に青白い光の粒が雪のように降り注ぐ。
貴史がおそるおそる倉庫をのぞき込んだ時にはメガスネイルたちは残らず凍り付いていた。
タリーは壁にへばりついたまま凍り付いたメガスネイルを二つほど引きはがすと抱えて運び始める。
貴史も同じようにするので、ヤースミーンもぶつぶつ言いながら氷漬けのメガスネイルを運び始めた。
その夜、ギルガメッシュの従業員一同は巨大エスカルゴを試食することになった。
タリーが自作したという素焼きのエスカルゴプレートに乗った巨大エスカルゴは、石窯でこんがりと焼かれてガーリックバターのいい香りを漂わせている。
フォークでクルクルと回しながら別皿に引っ張り出し、ナイフで刻んで口に入れると程よい歯ごたえと、貝類特有の味が口に広がる。
貴史はさりげなく感想を口にする。
石化の呪いをかけられて、逆に食べられてしまわなければの話だがあえてそのことには触れない。
ヤースミーンが大きなため息をついた。面白くないが認めざるを得ないということらしい。
タリーが改まって話を始めたが、あまり危険な話ではなさそうだ。
リヒターにはドラゴンハンティングのプロとしてのプライドがあるので他の仕事は気が進まないらしい。
口を開いたのはクリストだった。
タリーが心配そうに尋ねるが、クリストは無言でうなずく。