第3話 待ち構える何か
文字数 2,468文字
こちらを見ながら左右に体を揺らすスライムを見ていると、なんだかかわいく思えてくる。
貴史の言葉がわかるのかスライムはピョンピョンと飛び上がって嬉しそうだ。
貴史の気分は一気に軽くなった。
貴史が宣言すると、ヤースミーンも機嫌よく立ちあがった。おしりをパンパンはたくしぐさがかわいらしい。
貴史は実はアニメ顔が好みだ。
丸顔のヤースミーンは、貴史のお好みに合っているのだが、貴史はポーカーフェースで彼女に気取られないように気をつけた。
貴史はシニカルで格好を付けたがる性格なのだ。
二人が歩く前を先導するようにピョンピョンとスライムが進む。このまま何事もなく外に出られるかもしれないと、貴史が楽観的に考え始めたとき、スライムの動きが止まった。
ダンジョンのそのあたりは石造りの壁ではなく、素掘りの岩石の洞窟に変わっている。
ヤースミーンは岩壁の、幅五十センチメートルほどの壁の割れ目に貴史を引っ張り込んだ。
スライムも貴史たちに続いて岩盤の割れ目に入ってくる。
問いかける貴史に、ヤースミーンは口に指を当てて見せた。静かにしろと言いたいらしい。
その時、貴史達が進もうとしていた方向から重い羽ばたきの音が聞こえてきた。
通り過ぎる瞬間に壁の割れ目から見える姿は紫色のコウモリのようだ。大きさは柴犬よりも一回り大きい。
ヤースミーンの言葉どおりに、同じような羽ばたきが続けて聞こえてきた。五匹ほどの集団が通過しているようだ。
貴史は、鉢合わせせずにすんだことに安堵すると同時に、貴史より頭一つくらい身長が低いヤースミーンの胸が自分に押しつけられていることに気がついた。
壁の割れ目が狭いのでくっつき合う体勢になったのだ。ヤースミーンもそのことに気がついたのか慌てて身を離すと通路に顔を出して周囲をうかがった。
ヤースミーンは先に立って歩き出した。貴史は魔物に遭遇したらどうしようかと密かに思いながら後に続く。
油断無く周囲の様子を見ながらヤースミーンが言う。
ムラサキコウモリが出現したときもスライムがが真っ先に気がついたようだ。
一緒にいれば意外と重宝するかもしれないと思い、貴史はスライムの名前を考えることにした。
ヤースミーンも賛成してたので、スライムの名はスラチンに決まった。
貴史はヤースミーンが自分の名前を性と名を区別しないで一音節で呼ぶことに気がついた。
タカシと呼べと言いたかったが今はそんな悠長な話をしている場合ではなかった。
貴史の見当違いな問いにヤースミーンは首を振る。
ヤースミーンの話通りなら、間違いなくドラゴンがいるのだろう。
戦いの前半でパーティーの損耗を押さえようとしたようだが、帰り道に強力な敵が待ち構える状況を作ってしまったわけだ。
貴史は広場の手前の通路の曲がり角にヤースミーンとスラチンを残して、ゆっくりと広場に向かった。
広場には一見して、魔物の影はないように思えた。通路から顔を出すと正面はT字路になっていて、そこだけ材質が違うのか緑色の壁が左右に広がっている。
幸いなことに、ドラゴンは何処か他所に行ってくれたようだな。貴史は目の前の壁に手を突いてこれから進もうとする通路の先を眺めた。その時、貴史は手をついた壁がゆらりと動くのを感じた。
貴史は目の前の壁に近づいてよく見た。ただの壁と思っていたが、直径五センチメートルくらいの鱗がびっしりと並んでいる。
悪い予感がした貴史は上を向いてみた。
貴史が目にしたのは、横幅が一メートルを超える大きな頭が自分をのぞき込んでいるところだった
大きな目は金色に輝き瞳孔は猫のように縦に細い。とがった牙が並んだ口には二本のひげが生えていた。
貴史は必死になって元来た洞窟に走り込む。あの体の大きさならここには入ってこられないはずだ。ヤースミーン達が隠れている曲がり角は十メートルほど先に見える。
その時、貴史は全身の毛が逆立つようなピリピリした感覚を覚えた。
洞窟の角を曲がったところで貴史は脚がもつれてこけたが、その背後に猛烈な火炎が吹き付けていた。
洞窟の角を曲がるのが一瞬遅かったら黒こげになっていたはずだ。
床にへたり込んだまま、貴史が報告すると、ヤースミーンがぽつりと答えた。
ドラゴンのブレスの余波を避けようとスラチンは逃げまどっている。
貴史は起き上がって洞窟の床にあぐらをかくと大きなため息をついた。