第105話 先生は顔見知り
文字数 2,388文字
セーラがおしとやかな言い回しをするとむしろ凄みが増す。
貴史は、どうにかして逃げられないものかと周囲を見回したが、問題の「先生」が慌てた様子でセーラを制止するのが聞こえた。
酒場で「先生」と呼ばれていた魔法を使う用心棒はララアだった。
ララアも驚いた様子で貴史とヤースミーンを見つめているが、ヤースミーンはもっと驚いた様子だ。
貴史は、状況の変化について行けず、血が噴き出る親指を押さえていた。
その間に、ヤースミーンはララアに駆け寄って抱きしめていた。
ララアは突然抱きしめられて目を白黒させており、その後ろには後から到着したスライムの姿もあった。
ヤースミーンとララアがしんみりと話を始めていたが、トロールが話に割り込んだ。
いきなり話を振られたヤンは慌てた様子だったが、それでも関係改善の余地が出来たことに気づいて財布代わりにしている笑う巾着を取り出した。
ヤンは巾着から金貨を5枚取り出してトロールに渡す。
トロールはヤンが渡した金貨を見て目を丸くした。
トロールは金貨をしげしげと見つめていたが、やがて笑顔らしき表情を浮かべて言った
はいはい、私は売られ喧嘩を買っていただけなので、これで治まるなら死体の処分とか厄介事がないに越したことはないわ。強いて言えばララ先生とは違うタイプのお人と剣を交えて運動不足が解消できて良かったというところかしら。
貴史はセーラが自分の死体の処分まで考えていたことを知り、内心ゾッとしているが、さしあたり身の危険は無くなったので、出血が止まらない親指の傷を治してもらうことにした。
財布が戻ったヤンは俄然機嫌が良くなり、治癒魔法で貴史のけがをあっという間に直してしまった。
ララアはヤースミーンに寄り添われて感心したようにつぶやいた。
シマダタカシさんも随分剣の腕が上がったわね。セーラさんがダガーで相手の剣を受けるなんてめったにないのに本気でやりあっているからびっくりしたわ。それはそうと、ヤンさんの財布をするなんてやってくれましたねソフィアちゃん
貴史は持ち上げられたり、落とされたりだが、無事だったのでよしと考えることにした。
酒場の店主らしいトロールのペーターは居合わせた一同を店の中に手招きした。
ペーターは商売人の顔に戻っており、貴史とヤースミーンはどうしたものかと顔を見合わせた。
その時、帰りそびれていたスリの少女ソフィアがペーターに尋ねる。
ヤンは事の発端が自分だったこともあり、太っ腹なところを見せる。
ヤースミーンはララアに尋ねた。
先生、普通に店に入ったみたいに言うたらあかんで。とにかく垢やほこりにまみれてものすごく汚いなりで登場したので、わしらどうしよかと思った。女の子一人がスライム連れて捕まえたトカゲを食料にしてジュラ山脈を越えてきた言うからびっくりしたんやで
北国のヒマリアに比べて、パロの人々は口数が多くてにぎやかだ。
貴史はつい先ほどまで、命がけで戦っていた相手と談笑できることが不思議で仕方がなかった。