第2話 スライムとの死闘
文字数 3,144文字
大広間に林立する石柱の影から飛び出したのは。ライトブルーの物体だった。
底面が五十センチメートルほどの扁平な楕円体。真ん中の上部は少しとんがっている。
そして正面には大きな二つの目、そしてその下には口が付いている。
気色ばむ貴史に、ヤースミーンがのんびりした声で答えた。
相手はスライムだし、戦ってもすぐにやっつけられるはずだ。
ここはいいとこを見せておこうと思った貴史はヤースミーンに余裕をかまして告げた。
貴史は持っていた剣を両手で構える。
剣は総刃になっていて、刀身は分厚い。そして長さが1メートル以上あった。結構な重さだ。
貴史はスライムに目を向けた。そいつは生意気にも口を開けて威嚇してきた。
貴史は剣を体の右横に構えた状態でスライムに詰め寄った。そして走りながら剣を右脇から背後に回して大きく振りかぶった。
そして、手頃な間合いから剣を振り下ろした。剣が風を切る音がブンと聞こえる。
しかし、あまりにもモーションが大きすぎたようだ。
スライムは素早く横に跳び、切っ先をかわした。
広間の床を構成している石畳を剣で叩きそうになった貴史はすんでの所で止めた。
剣の慣性のために少しよろめいた貴史は、踏みとどまってから、キッとスライムを睨んだ。
貴史は必殺の気合いと共に突進する。剣の切っ先がまさに刺さろうとした時にスライムはまたしてもピョンと左に飛んで貴史の突進をかわしていた。
だが、貴史もその動きは読んでいた。右脚にぐっと力を込めて踏みとどまると、手首を返して剣を水平に振り切る。
ヒュン。
横にスライスされたスライムをイメージしていた貴史は目を疑った。スライムは地面に沿って平べったく伸びて貴史の剣をかわしている。
貴史は次の攻撃はどうしようかと考えながら剣を構え直そうとした。
しかし、往々にして攻撃の直後に隙は生まれる。スライムはその隙を見逃さなかった。
スライムはシュッと影のように跳躍し、貴史を襲った。
そして、顔面をかばった貴史の左腕にがっぷりと噛みついていた。
剣を放り出した貴史は右手でぽこぽことスライムを殴ってから、噛みつかれた左手を振り回した。
何回か力任せに腕を振ってやっとスライムが牙を離し、スライムの体は地面にたたきつけられた。
貴史は剣を拾い上げると再び両手で構えた。その間にスライムも態勢を整えて貴史と対峙している。
そして、貴史とスライムの死闘は続き、延々一時間に及んだ。
何回攻撃してもかわされるのに業を煮やした貴史はそのへんに転がっていた木の棒をスライムに投げつけた。
くるくると回転しながら飛んだ棒は、偶然スライムの目と目の中間当たりにトスッと突き刺さっていた。
スライムは一声上げると普段の滴型から、アメーバーのように広がった形に変化して凝固した。
どうやらその辺に急所があったようだ。
貴史は剣を構えると、ビヨンと広がって凝固したスライムに、にじり寄った。スライムは目だけを動かして貴史の動きを追う。
貴史がにやりと笑うのを、スライムはじっと見つめる。
貴史は、剣を頭上に振り上げた。スライムは広がったままの形で目を閉じる。
しかし、貴史は剣を振り下ろすことが出来なかった。
ため息をついた貴史は剣を放り出すと、スライムに歩み寄って木の枝を抜いてやった。
スライムの形は滴型に戻っていく。
スライムに背を向けた貴史は力なく言った。そしてとぼとぼとヤースミーンの前に歩いて行く。
貴史の言葉を聞いたヤースミーンは目を丸くしていたが、やがてクスクス笑い出した。
ヤースミーンは言葉を切る。貴史は何となく悪い予感がした。
二人の間に沈黙が訪れた。しばらくしてから貴史が口を開いた。
それはいいが、友達が全滅した現場に戻って大丈夫なのかと貴史はヤースミーンの心的外傷を心配する。
貴史がこの世界に転移した場所に戻ると、戦いの名残をとどめる現場に変化はなかった。
貴史は黒焦げになった無残な死体から籠手や膝あて、胸当て等を外すと、ヤースミーンがくれた布切れで綺麗に拭いてから学生服の上に装備していく。
鞘を見つけて、剣を収めた貴史は、重い剣を背中に背負った。
少し離れたところに落ちていた小ぶりの盾を拾うと一通りの装備がそろったようだ。
貴史がヤースミーンの姿を探すと、彼女は魔物の牙に突き刺されたまま息絶えた少女のそばにしゃがみ込んでいる。
ヤースミーンはうつろに目を開いたままだった少女の目を閉じるとつぶやいた。
ヤースミーンは先に立って貴史を案内するつもりのようだ。
貴史は彼女を追って歩きながら尋ねた。
ヤースミーンはチラッと振り返るとふたたびあるき始める。
貴史はつぶやいたが、ヤースミーンにそんなことを言っても無駄なのはわかっている。
ヤースミーンはクスッと笑ったようだ。そして、貴史を励ますように言った。
貴史は黙ってうなずいた。外部までの長い道のりを魔物に出くわさないように進むしかない。
その時、貴史の背後からクーンクーンと何かの声が聞こえた。