第33話 アウトドアで塩釜焼にチャレンジするのもいいですね
文字数 3,957文字
貴史は突然出現したスノードラゴンを見て、よろめきながら刀を抜こうとした。
ヒマリア軍の兵士が魔法で回復させてくれたとはいえ、大量の血を失っているのでフラフラする。
こんな状態で魔物と戦うのは無理だろうか?。フラフラして力が入らない上に、エレファントキングの剣にで串刺しにされた時の痛みを思い出した貴史は、そのまま逃げたくなった。
そのとき、スノードラゴンの眉間にバシッと矢が突き刺さった。
矢を射たのはヤースミーンだ。雪原流は眉間に矢が突き刺さったまま二、三歩よろめいた後あっけなく倒れた。雪原流はまだ成獣にはなっていないが、それでも全長が五メートルを超える大きさだ。
ヒマリア軍の兵士たちが口々に話すなかでヤースミーンは、ヘヘッと得意げな顔をする。
貴史は取り合えず危険が去ったと胸をなでおろした。
タリーは倒れたスノードラゴンに近づくと、翼や背中のうろこをしげしげと眺め始める。
タリーはうれしそうな顔をして答えた。
タリーはレイナ姫と話しながら刀を抜くとスノードラゴンの胸の辺りに深々と突き刺した。
柄の辺りまで刺さった刀を引き抜くと傷口からはどくどくと血が流れ落ちた。
タリーは獲物を料理するために血抜きを始めたのだ。
ミッターマイヤーはエレファントキングの魔法障壁を破るために、魔力を使い果たして疲弊し切っていた。
ヤースミーンは自分の手と杖を交互に眺めている。
その横で、タリーはミッターマイヤーが腰かけている塊に気が付いた。
そうなのかなと貴史が塩の塊の周辺を見回すと、確かに朽ち果てた衣服やさびた剣などが散乱している。
タリーが強引な理屈でヤースミーンを説得しようとし、ミッターマイヤーはうんうんとうなずいている。
ヤースミーンも実はお腹が空いていた。彼女は魔物を食べること自体には抵抗がない。
タリーの作る料理が食べられると思うと思わずお腹が鳴った。
ヤースミーンが念を押すのを、タリーとミッターマイヤーはうんうんと聞き流していた。
兵士たちを集めたハンスがタリーに訊ねた。
彼らにとってはエレファントキングと互角に戦ったタリーは神のような存在だ。
タリーは刀を振るって、雪原流の皮をはぎ始めた。
うろこの付いた皮は硬いが、肉と皮の間に刃物を入れれば意外とはぐのは容易だ、タリーは小一時間で皮をはぎ終えていた。
タリーはさらに腹腔を切り開いて内臓を引っ張り出す。
そして、骨からそいだ肉を皮の上にまとめると、内臓や骨から離れたところに引きずっていった。
ヤースミーンはタリーの意図を悟ると静かに呪文の詠唱を始めた。そして、集中した魔力を一気に解き放った。
ヤースミーンの杖からレーザービームのように火炎がほとばしり、スノードラゴンの内臓と頭や骨は青白い炎に包まれて瞬時に蒸発した。
大量に発生した可燃ガスは膨張しながら大空洞の中ほどまで上って爆発的に燃焼した。
火球は大空洞の天井に届くとつぶれて高温の煙となって広がっていく。それまで大空洞の中の空気は淀んでいたが、燃焼に伴って上昇気流が生じ、周囲から突風が吹きこんできた。
ヤースミーンは天井に広がっていく黒煙を眺めながらつぶやいた。
傍らではミッターマイヤーが満面の笑みを受かべて彼女を眺めている。
タリーは抱えていた塩の塊を血だまりに投げ込んだ。
スノードラゴンの血を吸って、魔物に塩の柱にされた冒険者のなれの果ての塩が赤く染まっていく。およそ料理とは程遠い光景だが、貴史はタリーに従って塩を運び始めた。
横から見ていたレイナ姫とラインハルトも時折よろめきながら塩を運び時始めた。皆が戦いでぼろぼろの状態だ。
やがて、十分な量の塩が準備できたと判断したタリーは、皮に包んだスノードラゴンの肉から背ロースの塊を切り取ると、どす黒く血を含んだ塩で包み始めた。
赤黒い塩で包んだ大きな肉の塊ができたところで、タリーは兵士たちが積み上げた岩の小山まで運んだ。
兵士たちが積み上げた岩はふもとに洞窟がある岩の小山といったたたずまいだ。タリーはその穴の中にスノードラゴンの背ロース塩釜包みをセットすると、ヤースミーンに告げた。
文句を言いながらもヤースミーンは呪文を詠唱して、杖から火炎を放った。
小山のように積みあがられた岩は瞬く間に赤熱していく。
ヒマリア軍の兵士たちも周囲に集まってくる。十分もたたないうちに辺りには肉の焼けたおいしそうなにおいが立ち込め始めた。
ヤースミーンはよだれをたらしそうな顔でタリーに聞き、タリーもうなずく。
タリーは肉の塊に結び付けていたひもを掴むと引っ張り出した。黒ずんだ塩に包まれた肉塊からはいい香りが漂ってくる。
ヤースミーンは自分を指さしてレイナ姫に目で訪ねた。レイナ姫がうなずくのを見てヤースミーンは杖を持って肉の塊の横に立った。
ヤースミーンが杖を振り下ろすと塩の塊はパッカンと割れた。そして中からは程よく焼けた肉の塊がおいしそうなにおいとともに顔を出す。
小刀で肉を切って焼け具合を確かめたタリーは、皆に行き渡るように肉を切って分配した。半ば飢えかけていた一同は無言で肉にかじりついた。
一人当たり五百グラムほどあてがわれた肉を半分ほども食べたところで、やっと皆は話す余裕がでてきた。
しかし、その言葉を聞いたヤースミーンは凍り付いた。
タリーはしまったという顔でヤースミーンを振り返った。ヤースミーンの顔には嫌悪の表情が広がっていく。
大空洞にヤースミーンの悲鳴がこだました。
のほほんと取りなそうとするタリーの態度がヤースミーンの癇に障った。
ヤースミーンはやおら杖を取り上げると、杖からチョロチョロと炎がほとばしった。
炎はタリーの顔の前に伸びて前髪を焦がした。
しかし、パワーセーブされているので火傷をするほどのものではない。