第110話 乱戦パロの波止場にて
文字数 2,114文字
貴史とヤースミーンがヤヌス村の商品見本一の会場を出ると、パロの波止場は多くの人でざわめいていた。
先に会場を出たララアとセーラは堂々とした雰囲気で横並びで波止場に停泊する新顔の帆船を目指して歩いている。
貴史とヤースミーンが見守る中で、ララアとセーラはボーディングブリッジを渡り、ガイアレギオン船の甲板に降り立っていた。
一見したところでは、平穏に話し合いが進んでいる様子だ。
何事もなく終わるのではないかと貴史が楽観し始めた時、ヤースミーンが身を固くして足を止めた。
ヤースミーンは答えないが、彼女の視線を追って貴史も絶句した。
そこには着飾った貴婦人と、それをエスコートする仮面の騎士の姿があったが、その仮面には見覚えがあったからだ。
貴史はハヌマーンに腹を切られて自分の腸が飛び出したのを目の当たりにしている。
クリストがハヌマーンを防いでいるうちにミッターマイヤーが瞬間移動の魔法を使って辛くも脱出し、息も絶え絶えの所をヤンの治療魔法で助けられたのだ。
ヤースミーンが事態を静観するつもりだと判ると、貴史は本音の所ではホッとしたのだった。
しかし、次の瞬間には港町のざわめきを切り裂くようにホイッスルの音が響いた。
貴史が音の方向を振り返ると、ヤースミーンとセーラが全速力で疾走しているのが見える。
ララアは既に剣を抜き腰だめに構えて走っており、セーラの両手にもダガーが握られている。
二人は、まっしぐらにハヌマーンと同行している貴婦人を目指して走っており、ララアのホイッスルに反応してそこかしこから自警団のメンバーらしき武装した男達も集まり始めていた。
貴史は気が進まないものの、ララアやセーラが戦うのを傍観するわけにもいかなかった。
しかし、ララアたちに続いて駆け出して行こうとする貴史をヤースミーンが呼び止めた。
貴史がドラゴンハンティングで刃差しを務める時は、戦いの前にヤースミーンが支援魔法をかけるのが恒例となっている。
ヤースミーンは一心に祈り、呪文を唱え終えるとそのパワーを貴史に向かって開放する。
貴史が再び駆けだそうとした時、ヤースミーンはもう一度呼び止めた。
貴史はヤースミーンの声を聞いて立ち止まったが、片手をあげて見せただけで振り返らずに走り始めた。
ヤースミーンの振る舞いを見ていると、自分に死亡フラグが立っているような気がしたが、不吉な思いを振り払うように貴史は走る速度を上げた。
やがて、懸命に走る貴史の前で閃光が閃いた。
そして少し遅れて雷鳴が貴史の耳に届く。
貴史が目を凝らすと、ハヌマーンたちを取り囲もうとしていた自警団の男たちがなぎ倒されたように波止場の石畳に倒れている。
遭遇した四人がそれぞれに勝手なことを言いながら武器を構えるのを見て、貴史は背筋が凍る思いだったが、助太刀に来て何もしないわけにはいかない。
ハヌマーンが繰り出した閃光のような斬撃をセーラは軽くかわすとハヌマーンの懐に飛び込んでダガーを横に薙ぐ。
ハヌマーンは斬撃で体勢を崩した状態から飛び退ってセーラのダガーの切っ先を交わした。
貴史は戦いに参加すらできないままに、セーラとハヌマーンの動きを追っていた。