第75話 レイナ姫の采配
文字数 2,129文字
ゲルハルト王子の部隊がエレファントキングの城に入り一息ついたころ、城の外に配置された見張りの兵は十騎足らずの騎士が早足で城にかけてくるのを目にした。
騎士たちの装備は黒に統一されているが、ヒマリア正規軍のものに似ている。
兵士が口を開く前に、先頭の小柄な騎士が甲冑のファイスカバーを跳ね上げて尋ねた。
兵士は慌てて一行を城内に案内した。
城門の守備係の一人が知らせを司令部まで伝え、ゲルハルト王子以下の側近がレイナ姫のもとに向かう。
レイナ姫が挨拶もそこそこに、お願いなどと言い出したのでゲルハルト王位は怪訝な表情で尋ねた。
ゲルハルト王子は何を言い出すのだと思ったが、レイナ姫は真面目な顔で続ける。
ゲルハルト王子は逡巡した。
兄妹とはいえ、王位継承を争う間柄の妹に軍勢を預けたら自分の身が危うくなることも考えられたからだ。
ゲルハルト王子は、騎士姿に身を固めた妹の顔を見つめた。
レイナ姫は他意のなさそうな表情で、無言でゲルハルト王子を見返している。
ゲルハルト王子は周囲に集まった指揮官たちが固唾をのんで自分の答えを待っていることに気が付いた。
こいつらはレイナ姫と一緒に戦いたがっているのだと気が付き、ゲルハルト王子は仕方なく妹に告げた。
ゲルハルト王子の言葉を聞いて、周囲からどっと歓声が上がった。
レイナ姫が礼を言う間に、ゲルハルト王子が率いてきた部隊の指揮官たちが集まり始める。
レイナ姫は当然のように指揮官たちとブリーフィングを始めた。
レイナ姫は部隊構成を把握すると手早く指揮官たちに指示を与え、攻勢に出る準備を始める。
半時間もたたないうちに、ゲルハルト王子の軍勢はレイナの指揮下に入り、城から出撃していった。
ゲルハルト王子の周囲には直属の親衛隊だけが残り、茫然とたたずむ王子のもとに、居残った黒衣の騎士の一人が語り掛けた。
ゲルハルトと王子は聞き覚えのある声に振り返った。
ミッターマイヤーはいつになく生真面目に礼を言う。
ミッターマイヤーは苦笑した。
ミッターマイヤーは、周囲を見まわすと見覚えがある魔導士のローブに気づいた。
ヤースミーンは得意げに答えるが、貴史は焼きガニのにおいに気づかれるのではないかと気が気ではなかった。
貴史の足元には、避難民が連れてきた猫がまとわりついている。
どうやらその猫は、貴史の鎧のカニの甲羅でできた脛当ての臭いが気に入ったようだ。
その時、城の外にいた見張りの兵が、普段着姿の少女を連れて現れた。
兵士はその少女を怪しんで連れてきたわけではなく、魔物が出没する原野にいるのを放っておけず保護してきたつもりのようだ。
貴史は少女の顔を見て驚いた。
ヤースミーンが困った様子でつぶやくと、ゲルハルト王子がまんざらでもなさそうに言う。
ゲルハルト王子がララアを身近に置くことを許可してくれたので、ヤースミーンはホッとして王子に頭を下げた。
レイナ姫が率いた軍勢は、森にいるガイアレギオンの軍勢をせん滅しようと展開を始めており、城に残された一同は、彼方で戦いを繰り広げられようとする軍勢を無言で見つめるしかなかった。