第89話 始まりの夜

文字数 2,120文字

廃墟は鬱蒼と聳え立ち 腐敗した大地に陰気な深い影を落としている。

ドゴオオォーン

「きゃあ?!」

半壊したビルの外壁に腰掛けて、板チョコを咥えながらスマホのゲームに白熱していた甜伽と 其の傍で微睡んでいた夜彦丸は、静寂を破壊する轟音に飛び上がった。
「な、何何何?
「何?何なの!?」
狼狽えた顔が彼方此方へと向けられる。ハタと気が付いた時には
「あ
「ああーーー!!?」
手に汗握るクライマックスを迎えていたゲームは 飛び上がった拍子に、しれっとGameOverの画面に変わっていた。
「もう一寸だったのにー!」
泣きそうな声を上げ、遣る方無い怒りに立ち上がった甜伽は 音の聞こえた方角に目を向け 狼煙の様に高く上がっていく黒煙とオレンジ色の炎を忌々しげに睨み付けた。
甜伽の恨み言を背に、夜彦丸は音も無く瓦礫を降りてゆき 停めてある原付に向かって罅割れた道路をとことこと歩き出す。
「ぶなあー!」
原付まで来ると飛び乗り 行動を促す濁声を上げた。
「ええ?噓でしょ?!彼処まで行けって言うの?!」
炎の上がっている場所は肉眼では見えているが 倒壊した廃墟の瓦礫で前方の道路は塞がっており、迂回しなければ辿り着けない。
大体からして 廃墟の事故の処理は甜伽の「仕事」ではない。
然りとて 此処に居るのも正規の「仕事」とは言えない訳で ― 
甜伽は無言で夜彦丸と視線を戦わせていたが
「… 分かったわよ。行けば良いんでしょ!」
むっつりと折れた。
「どうせ「仕事」たって勝手にしてるだけで、依頼があった訳じゃないし」
篝からの情報を元に、廃墟を巡ってみたものの 自身の「感覚」では何の気配も掴めず 何の襲撃も受けない。其れならいっそのこと帰っても構わないのだが 消沈した気持ちの儘家に帰りたくなくて、此処で虚しい時間を潰していたのだ。
「私だけで出来る「仕事」なんて「廃墟の掃除」くらいしかないんだから、其れも仕方無いわよね」

百鬼弐弧も同様に さしたる「力」は無い。彼程の強敵を前に、戦い抜けたのは 心強い仲間が周りに居たからだ。
人を ― 鬼すらも惹き付ける 不思議な「力」があの少年にはある。

「大門さん、今大きな「仕事」抱えてて忙しいみたいだからさ
「あんまり迷惑かけたくないし
以前、単独行動を取って散々絞られたが 「仕事」が山積している大門に、雑魚の清掃如きで連絡を入れるのも憚られ
「依頼がなくて時間が有り余ってるのなんて、私位なもんよね」
自分で自分を卑下しておきながら、自分の言葉に傷ついた甜伽は 顔に暗い影を落とし 全然気にしてないけど、と自嘲的に笑い 不憫な夜彦丸を居たたまれない気持ちにさせた。



「また行き止まり?!」
「もう!」
甜伽はタイヤを鋭く鳴らしてUターンし、高く積み重なった瓦礫の合間を走り抜けた。行けども行けども 炎は見えて来ない。いい加減、苛立ちを覚え始めた頃
「ぶにゃーお!」
夜彦丸がリュックから飛び出すなり甜伽の肩に爪を立て 前方に向かって警告の声を発した。
言われる迄も無い。
闇よりも恐ろしい気配を持った「何か」が 此方に近付いて来ている。甜伽は原付を止めると、ヘッドライトの光の中に入って来るのを待った。右手は静かに背中に回され、鎖を引き出そうとしている。
「鬼」だ。
ひた ひた と微かな足音が、得も言われぬ恐怖を増幅させ 大気の中に混じった血の臭いに緊張が走った。
「鬼」は 自身の血に最も狂う。
前方から来る「鬼」に狂気は感じられないが 返り血だとするなら、また違った意味での警戒が必要だ。

白光の中に浮かび上がった「鬼」は 世紀末のバイオレンス映画に出て来るヒロイン宛らに 破れた服も、傷口から流れ出る血すらも 演出上にある映像美の様に思わせた。

「鬼」は甜伽には見向きもせず ランウェイでも歩くかの様に、堂々とした足取りで脇を通り過ぎてゆく。
「ちょ… ちょっと!待ちなさいよ!
「如何したの?一体何があったのよ?!」
甜伽の方は捨て置けなかった。美しい「鬼」は横顔だけを向け
「… 転んだの」
詰問に対して、簡潔な一行の台詞で返した。
「え… うん」
悪の軍団と熾烈な一戦を交えて来た、と言っても信じる位の勇姿だが
「ブレーキが分からなくて」
衝突した際の怪我で 甜伽が見たのは大破した車両の炎だった様だ。
「そう… 大変だったわね」
他にかける言葉が見当たらない。
「いいの。慣れてるから」
将生眞輪の返事は其の姿も夢幻の如く 闇の中へと消えて行った。
「…
甜伽は黙って見送っていたが 其の実 心と体は激しく鬩ぎ合っていた。
真逆、歩いて帰る気だろうか。
自身の領地内にも学院が在るのに 眞輪は態々遠方の学院に通っている。

騒動を起こし、自主退学したのだが 今の学院は迚も歩いて通える距離ではない。此処は更に眞輪の家から遠く離れた場所に在る。
「~~~~!!!
道路に点々と血を落とし、一人帰って行く姿に 温情な体は後を追いたがってうずうずしている。反して 「鬼」なんだから少々の怪我ぐらいでは死なないし、迎えを呼べば良いだけの事じゃない と冷淡な心はにべもない。

「… こ、 こらあーーっ!!
「待てって言ってるでしょーがあ!!」
シーソーの様に上下する優柔不断な天秤を吹き飛ばして甜伽は吼えた。


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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきりにこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。ひねくれ者。

蒼鷹一縷(そうよういちる)弐弧が廃墟から連れて来た堕鬼。気分屋。

新那慧(にいなけい)呪い返しの「力」を持っている。率直が過ぎる弐弧の同級生。

鵺杜守甜伽(やとのかみてんか)弐弧と一縷を捕らえに来た「回収屋」。今は寸鉄人を刺しに来る同級生。

将生眞輪(まさきまりん)鬼虎こと鬼刄の長、将生刀豪の養女。「鬼姫」と呼ばれる魅惑ボディの同級生。

皇シ貴(すめらぎしき)蒼蓮会・魅鹿の長。チャラチャラした雪鬼の同級生。

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