第25話 鬼姫 討伐

文字数 2,689文字

月明かりが 煌々と「部屋」を照らす。
仄かな光りを纏い 紐から吊された薄っぺらな蝶が「部屋」を舞う。
錆びついた長細い円筒。擦れた芍薬の花模様。手に取ると から と小さな音が聴こえた。
少女は手にした筒を弄び ゆっくりと回す。
万華鏡は様々な美しい模様を次々に見せ 其の小さな世界を覗く者を魅了する。
錆びた小さなオルゴール。螺子巻式の 簡素な造りだ。
少女の「部屋」にはそう言った玩具が幾つか転がっている。
月光を浴び 其の光を取り込んで透き通った水色の小さな玉が転がってゆく。
離れて座る少女の眸に光が映った。
がらくたばかり。其の中で
少女は表情も無く 人形の様にただ座っているだけだ。だが 其の眸は光を帯びて ―
少女の「心」を映している。


夜が明ける頃
黒のセダンから降り立った、黒いスーツに黒のネクタイ、黒髪をきっちりとひっつめた女が片手を翳し 前方の廃墟を忌々しげに睨み付けていた。
白い大地に黒いヘドロをぶちまけた、と言った様相だ。アートにもならない。
女はうんざりした顔で鼻息を出す。

折しも
突如として現れた「劫火の鬼」の鬼魂を宿した子が 禍級の大火を起こした上に行方をくらまし 蜂の巣を突いた騒ぎとなっている。
「仕事」は二人一組で行う事になっているにも関わらず 人手不足の折、女の相方も駆り出されてしまい 今回は異例の一人任務となった。
其れが女には面白く無い。
自分の能力を上は認めていない、と言うのが良く分かったからだ。そう腐っていたら 報告によるとなかなか手強そうな相手であり 俄然やる気にはなったのだが ―

通常
保護されて施設に入った子供達はやがて学校に通う事になる。
「黎明天生学院」
一般の学校と何ら変わりない。少し風変わりなだけだ。其れは仕方無い。
裏に在るのは蒼蓮会なのだから。
素質のある者は いずれ蒼蓮会の構成員として引き抜く。
此の先脅威となる程の「力」を持つ者は稀だが 厄介事の芽は早い内に摘んでおかねばならない。外界で頭角を現して来た者を迎えに行くのも大事な仕事だ。

蒼い目は 特殊な力を持つ者の証だ。
特殊な者を迎えに行く仕事はリスクも大きい。
余り早い内から目覚めていると 迎えに行った時には既に己の「力」に喰われており 始末する羽目になった、と言う事例も多々ある。
喰われて勝手に自害してくれるのなら構わないが 蒼蓮会の領地内で無駄に暴れ回られては迷惑だ。
己の力に蝕まれ 仲間に葬られる者も居る。心を病み 自ら命を絶つ者も居る。
「鬼」となった者の宿命か。
己の魂を蝕む「力」を捩じ伏せ 正気を保っている   其の中でも「五嶺皇」は特別な存在だ。

いつか 屋敷から声が掛かる程の評価を得る為にも 与えられた仕事は確実にこなさなければならない。
標的は幼い少女だが 見かけはアテにならない。
鬼魂を宿した子供はそんじょそこらの子供とは訳が違う。
特に今回の少女は「鬼姫」等と言う称号まで与えられている程の怪物だ。

さて 「回収」出来ないならば始末するしかない。
鵺杜守斎定(やとのかみときさだ)を筆頭に 本部直轄の命でしか動かない「回収屋」と呼ばれる手練れの鬼集団に属する者として。
如何なる事態をも即座に収束させ 世に存在しうる物ならば何であろうと 迅速且つ冷酷無比に「回収」する者として。
其の鮮やかな手並みには さしもの五嶺皇も一目置いている。
認められる機会を逃しはしない。

鬼姫と呼ばれる其の少女は 目を瞠る程の美しさであった。
「力」の強い鬼ほど容姿は端麗だと言うが ―
「何が面白いの?」
「あたしは見世物じゃないわ」
吃驚する程冷淡で大人びた声音だ。
「悪いけどちょっと付き合ってくれないかしら?」
少女は女の簡潔な言葉を吟味する様に暫し黙っていたが
「そう
「あんたも、あたしと遊びたいのね」
見惚れる程の美しい笑顔で答えた。
蒼い眼が冷酷な悦びに閃くと 女の背後から青い炎の輪が急襲して来た。
女は顔色一つ変えずに躱す。造作も無い事だ。
「鬼姫」だか何だか知らないが 普通の人間しか相手にして来なかった様な少女ではお話にもならない。飛び交う炎の輪は増える一方であったが、恐怖も感じない。
当たったら即終了、と言ったお遊び程度に炎の輪が次から次へと向かって来る。其れだけだ。
女は次に向かって来た炎の輪を避けなかった。
炎の輪は女の胴体を切断する前に 同じ青い炎とぶつかり弾けるように消し飛んだ。
余興だ。
少女が驚いた顔で女を見ている。女は少しばかり気を良くするとじゃらら、と黒い鎖を取り出し「鬼姫の回収」に乗り出した。

女が鎖を手にした時 少女には直感で其れが自身にとって極めて危険なものであると分かった。
何の変哲も無い黒い鎖。だが
其の鎖から強い「念」を感じる。少女を捕えて雁字搦めにし 少女から自由も、此の美しい炎も奪うだけでなく 其の命をも絶とうというのだ。

何で? 何で そんな事されなくちゃならないの?
如何して ― みんな あたしのこと

簡単な仕事だと高をくくっていたが やはり面倒な相手だ。
先程から少女の炎の威力が強まり 捕縛する隙を与えない。青い炎の輪は然程脅威ではないと見下していたが 威力が強まった今 ともすれば女の炎も弾き飛ばされる。
だが 所詮は「鬼」と戦った経験もなく 唯其の「力」を玩具にしているだけの子供だ。
自分は違う。戦歴は浅いが こんな小娘一人に手こずる様な事などあってはならない。
何を遊んでいる。女は自分を叱咤した。さっさとケリを付けて次の任務に移らねば。
手加減は要らない。回収命令が出たなら速やかに任務を全うする。
其れだけだ。
女の目が本気の「力」に蒼く燃え立つ。
そんなに面白いものが好きなら 自身の体でとくと味わうが良い。
鎖が少女を捕えにかかった。少女は寸での所で身を躱したが 完全には避けきれなかった。
虚空を突き抜けた鎖は標的を外したかに思われたが 続け様に波紋の様に撓み 横一直線に空を薙いだ。
其れが 双方に悲劇を齎した。
頭を鎖に強く殴打された少女は為す術も無く 痩せ細った小さな体は何度も弾んで傷だらけになりながら地面を転がった。
通常なら 相手が再び動き出す前に捕縛している。無論其のつもりだった。
なのに 体が動かない。
遠くで少女がのろのろと体を起こすのを 唯眺めている。
髪を濡らして血が流れ伝い ぼろ布の様に裂けた傷口から血が滲み出して 少女の白い肌が紅く染まってゆくのを 唯眺めている。
「… 如何して?」
「何でこんな事するの?」
泣き喚くでもなく ぞっとする程冷静だ。静かな其の声の中に潜む凶気。
少女が表情の消えた血塗れの顔を上げる。
「あたしが 面白い?」

― 鬼は 自らの血で最も狂う
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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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