第16話 止まったままの心

文字数 1,043文字

垂れ下がった鎖を跨いで外に出る。「立ち入り禁止」の文字が書かれた凸凹の看板が地面に落ちている。柱の折れた門の横には瓦礫が積み上がっていて 両脇に在る花壇には雑草ばかりが生い茂り、名も知らない花が咲いていた。パイナップルの頭部分だけが長く伸びた様な木が道路沿いに等間隔に植えられている。灰色の海には雲間からオーロラの様に白い光が差し込んで 海面が綺羅綺羅と眩しく光っている。本物の海を弐弧は此の時初めて見たのだが 特に感動もしなかった。美しい景色ではあったが今の気分にはまるでそぐわない。後ろにいる化け物に話しかける気にもならない。
首に巻かれていた鎖の痕も、頭部の深い傷も、寮で寝ている間に跡形も無く消えていた。体にはまた新たな傷が増えたが、既に血は止まっている。
元より 声は出ない様だった。
声を失った子供等、廃墟では珍しくも無い。其れに どの道、此の少年に声が出たとして 何を話せば良いのか分からない。今は会話を弾ませたい気分には到底なれず 引き結ばれた口が、火を吐く以外に開かれない事に救われている位だ。
唐突に後方から奇声が上がり ぼんやりと歩いていた弐弧は飛び上がりそうになった。
車道を自転車に乗った五人の学生達が不明瞭な大声で騒ぎながら走って来る。ボストンバッグをリュックの様に背負い 部活動の帰りなのか、五人は皆一様に日に焼けて坊主頭だった。
「うわっ…!?
弐弧と一縷の間を際どい蛇行運転ですり抜ける。男子学生の一人が嬉々とした声を上げながら走り抜けて行った。誰一人振り返る事もなく、危険な行為だと言う認識も無いのだろうが 弐弧は学生の一団を苦々しい目で見送った。一縷は何の反応も示さなかった。闇雲に人を襲う様な化け物ではないらしい。学生達は凄い早さでみるみる小さくなってゆく。楽しげに騒ぐ声は遠くからでも響いて来た。自分は ―
学校生活を楽しいと思った事は無い。廃墟から出て来た時は 新しい発見に日々心を躍らせた。何もかもが珍しくて 毎日が楽しかった。
初めての学校生活は 記憶にも残らない退屈な日々の繰り返しだった。
クラスメイト達は自分と同じ様に廃墟から連れて来られた子供が大半であったが 其れだけだ ― 弐弧はお喋りな方ではなく 自分から輪の中に入って行く様な事も無かった。アキは そんな弐弧に声を掛けてくれる数少ないクラスメイトの一人だった。もう学校には戻れないだろう。だからと言って悲しくも無ければ未練も無い。ただ 心の何処かに小さな穴がぽっかりと開いた様な虚脱感を覚えた。
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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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