第41話 甜伽 女の最期

文字数 1,483文字

めきゃ ぼき
女は自身の躰が壊れる音を愉しんだ。痛みが心地良い。
此の先にある愉楽に 全身の血が滾るのが分かる。

貪欲に溺れた魂が 肉体を支配する ― 其処には 何の恐怖もない。

地面を弾みながら考える。
風前の灯火程の「気」しか放っていなかった堕鬼は 攻撃を受ける事によって目が覚めたらしいが 唯の狂犬に過ぎなかった。自身の武器も持たず 戦術も無く 唯ひたすら向かって来るだけだ。威力はあるが 
攻撃は稚拙で欠伸が出る。
此れが堕鬼かと思うと反吐が出る。
さっさと終わらせるつもりでいたのだが 奇妙な事が起こった。
噛みついてくるしか能の無い狂犬が 不意に身を翻し 女の刃は急所を外した。唯の攻撃、と取れない事も無いが もう一方の腕に刺し貫かれる前に反撃に転じたとしか思えない行動をとった。

まるで 女の攻撃を読んだかのように ―

鬼魂さえ奪われなければ どれだけの怪我を負っていようと鬼が死ぬ事は無い
死なないからこそ 逃れられない生き地獄に心が狂うのだ

「まだ動けないの?鈍臭い子ね」

其の声が聞こえた時には 血に紅く染まった女の顔が もう眼前の暗闇に浮き上がっていた。
壊れた傘の骨の様に ぐしゃぐしゃになった躰。ぞっとする程の静かな凶気を孕んで 描かれたバケモノの面は 紅い口を大きく裂いて嗤い
大仰な仕草の様に振り上げた右腕の 突き出した刀身が闇の中に残酷に閃いた。
其の腕に 闇を抜けて来た黒い鎖が幾重にも巻き付くと 骨を砕く鈍い音を立てて 血を飛散させながら肘から引き千切った。
「… 仕様が無いわねぇ
「折角連れて来てあげたのに。あんたはって子は 大人しくしてられないの?」

「躾が良いのよ」
甜伽が鎖を手に立ち上がっている。
立ち上がれるのが不思議な位に 身体中を紅く染めて血が流れていたが
決意を秘めた其の眼は 強い光を帯びて耀いている。
「面白い子」
恐怖に動けずにいる鬼子と 致命傷は避けたものの動けずにいる堕鬼。
後回しでいいだろう。そう考えて 女は標的を甜伽に戻す事にした。鈍い人間の首を落とすのに何秒もかからない。紅い双眸が真っ直ぐに少女を捉えた。
刹那の 極めて僅かな時間 ― たった其れだけの行動で
左半身を大きく失った。
少年の右手が戻っている。其の爪の威力だけでは無い。
思考を追い抜いて 残った腕が少年を斬り殺そうと動いたが 体を刺し貫く事は出来なかった。少年の体から燃え立った 自身よりも もっと強力な炎によって残された腕も失い
其の凶気に満ちた紅い眼を見た時には ―
黒い炎を纏った鋭い爪が猛禽の如く 女の顔を掴み 果実を潰す様にぐしゃ、と砕いた。
女の躰は黒い炎にまかれて 灰も残さず 此の世から消え去った。

黒焰が業火の如く激しく上がり 奈落の闇から 死を齎す紅い眼が向けられる。
其の眼から 目を離す事が出来ない ―
体は必死の抵抗に戦慄く。
「 … っ!!
光が目に飛び込んで 大気を揺るがす破裂音に甜伽の体の呪縛が解けた。
   狐玉?! 
先に動いたのは百鬼弐弧だった。堕鬼に向かって投げたのではない。百鬼弐弧の「力」がそうさせたのなら 別の脅威が現れたと言う事だ。
「きゃ …!?」 
蒼い炎が打ち上げ花火宛らに飛散する。目を眩まされたと同時に 嬉々として飛び出した炎の狐共が突風となって走り抜け 煽られた甜伽の体は木の葉の様に吹き飛ばされた。
地面を転がりながら滑っていき、漸く止まった時には 気力を上回る全身の激痛で、もう起き上がる事も出来ない。
「うぎぃ~~ !!」
玖牙のにやけた顔が浮かんで来て、歯も折れんばかりに歯軋りしたが 忌々しい狐のお陰で命拾いしたのだと言う事は直ぐに分かった。
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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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