第45話 鬼子の宴 始まり

文字数 2,421文字

「若ー!お戻りっスか。お帰りなさい」
底抜けに明るい声。燦然と耀く太陽の様な笑顔にあてられると 弐弧の影はますます色濃くなる。
其れでなくとも鬱な気分だと言うのに 此の赤毛の付き人からとどめの一言が発せられたのだ。

「行かない」
まぁ十中八九そう言うだろうとは思っていた。想定の範囲内だ。
だからと言ってあっさり引き下がる訳にはいかない。
「懇親会たってそんな堅っ苦しいもんじゃねぇんで。メシは豪華で何でも食い放題。誕生日パーティーみたいなもんスよ。皆好き勝手に盛り上がってまさぁ」
「何も芸を披露しろ、何て言ってやしませんや。せめて顔だけでも出して戴けやしませんかって言ってるだけなんスよ」
「蒼連会の懇親会で鬼華の長の息子だけが顔も見せねぇなんざ 格好がつきませんや」
当の長は 本部から再三に渡って通達が来ようが 出頭命令が下されようが顔など見せた事もないが。
此の通り、と頭を下げるのだが 鬼子の顔は冷ややかだった。
懇親会 ― 此の鬼子の興味を惹くとも思えない響きだ。だが 欣にはまだ勝算がある。
「毎回ちょっとしたゲームが催されやしてね」
「勝者には豪華賞品が出るんスけど 今回はスゲーっスよ?」
「賞品は何と ―  銃」
欣はサングラスの奥の目を陰謀めいて輝かせ 「銃」の言葉に重みを持たせて強調した。
「… !」
鬼子が食付いたのが分かった。
「其れも 超レアな奴でして」
此の鬼子が自身の非力を嘆いている事は先刻承知だ。「鬼眼」を持っていたとしても 「鬼」ではないのだから仕方の無い事だと思うが 此の鬼子は其れで納得する様なタマではない。ならば
此の話は鬼子にとって 又とない好機ではないか。
「ウチは別に制限してねぇっスよ。銃の所持」
とは言え 生まれてこのかた一度も関わった事のない会で どんな連中が来るのか、どれ程の規模なのかも分からず 催される内容も知らないゲームに行き成り参加して、紛れでも勝てるとは思えない。そう言いたいだろう。想定内だ。
「ゲームに勝たなくたって賞品は手に入りまさぁ」
「勝者ってぇのは どんな手段を使っても要は賞品を奪っちまえば良いんで」
其れを聞いた鬼子が葛藤している間 欣は辛抱強く待った。だが もう答えは自ずと決まっているだろう。
素直じゃないところは まだまだ子供だ。
高級天然素材を使用した贅沢なオーダーメイドのタキシードを用意していたが 其れを見るや此の儘行く、と頑なに着替えを拒み 譲歩案を出しても刃の視線を向けてくる。
普段は何の気力も感じられないのに こんな時の眼光は矢鱈と鋭い。
確かにドレスコードの指定は無いが 世間体、と言うものがある。懇親会に組の威信がかかっている、とまでは言わないが 余り見窄らしい格好で行かれても困る。
だが 此の不作法が鬼華らしいのかも知れない、と思えて来た。
此の鬼子から「行く」と言う言葉を引き出せただけでも、良しとするべきなのだろう。
其れに 学生なのだから、学生服でもおかしくはない。
「… まぁ仕方ねぇっスね」
欣は自問自答の末に説得を諦めたが
「ところで 若。あっしのナイフ返して下せぇよ」
油断も隙もあったものじゃない。


送迎まで断るのでは、と冷や冷やしていたが 大人しく欣の運転する車に乗り込んだ。鬼子の「力」が働いたのかも知れない。
何者かが 此の鬼子を拉致しようと企んでいる。何が目的なのか分からないが 徒に高額の賞金までつけられて広められており 今朝の連中と言い 予断を許さない状況だ。
本来此の鬼子の能力を以てすれば回避出来る筈なのだが あの時の行動を思えば其れも怪しいものとなった。鬼子がまだ精神的に未熟な所為か能力も不安定だ。本人の焦りが無謀な行為に及ばせる。
情のない仮面を幾ら取り繕っても 此の鬼子は人を犠牲に出来ない。

まだ 鬼子に言っていない事がある。

懇親会は鬼の養子となった者達が一堂に会し 其のゲームと言うのは ―
付き人であろうと会場内には入れない。「懇親会」等と言う名目で 実際は何が行われているのか知る由もない。会の後 何人かが姿を消し 其の儘二度と戻って来ない。亡骸もなく やがて 存在していた事も 人々の記憶からも消えてしまう。
夜が明けて戻らなければ 其れ迄だ。
鬼華には養子がなく 此れ迄は余所事で済んでいた。
獅子は千尋の谷に我が子を突き落とすと言うが 鬼は地獄に落とす、等と笑っていたものだ。
其の時が来る等 思いもしなかった。
だが 危険だから行かない方が良い、と欣の口からは言えない。其れが上の命令なら 黙って従う他ないのだ。
此の鬼子の「力」が正常に働いているのなら 今こうして向かっているのは正しい事なのか。
「そういやぁ 若は何が好きなんスか」
「何って … 別に」
物欲が無い訳では無いだろうが 此の鬼子は必要なら自分で手に入れる。
欲しい物があれば言ってくれれば良いものを ―
唯 買うと言っても自動販売機のアイスキャンディか飲料水位のもので 手癖は悪いが盗ると言ってもたかが知れている。
十代の学生なのに溌剌とした所もなく 学校以外は部屋に引き籠もってばかりいる。
廃墟の子は警戒心が強い。本心を見せる事もなければ 自分の事を話す事もない。此の鬼子に至っては 普通の話すらしない。
付き人にはなったが まだ日も浅く 欣は此の鬼子の事を殆ど知らない。若しも
朝になっても戻って来なかった時には  自分は諦めがつくだろうか ―
「… 楽食庵(らくあん)のカレー?」
当に会話は打ち切られたものと思っていたが 今の今まで考えていたらしい。
表情も言葉数も少ないが 気丈で純粋 本当の鬼子は心根の優しい子だ。
「!」
「ああ!彼処っスか」
此の鬼子が此処に来る前に居た校区内にあるカレー屋だ。
「そうだ!若。明日 カレーパーティーしましょうや」
「あっしが楽食庵に行って買って来まさぁ!激辛で良いっスか?」
「は?何、急に … いや、普通で良いけど」

此の鬼子の「力」が主を護ってくれる、今はそう信じるしかない。

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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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