第22話 廃トンネルの死戦 運命

文字数 2,482文字

弐弧は化け物の襲撃から何とか身を躱し続けては居たが ―
数が余りにも多過ぎた。
是れ以上持ち堪えられない。自身の声を聞かまいとしても もう無理だ。
廃トンネルに足を向けた時には既に感じ取っていたが 後戻りは出来なかった。
行くも戻るも同じだったからだ。どう足掻いても 此の運命は変えられない。
自身を待つ死の運命から もう逃れられない。
其の時が来た。
弐弧はただ其処に立ち尽くし 犇めく異形の中に其の姿を探した。
   お前は変に勘が鋭いからなぁ
ブッチは良くそう言った。
弐弧は自身の能力を他人にひけらかした事はない。唯の勘だ。現に何が起るか、と言う様な事はまるで分からない。自身の行動も制御出来ず いつも其の時々で発揮される。其れが
今は はっきりと「予知」出来る。
残された時間は少ない。だが まだだ。まだ
弐弧にはやらなければならない事が残っている。まだ役目を終えていないのだと
自身が そう教えている。
「 一縷 …!
最期の言葉が 自分が名付けた少年になるとは ― あの時には思いもしなかった。

ぞば、と身の毛もよだつ音と共に刃が薙ぐ軌跡を全神経で感じ取った。刹那
弐弧の体は高く持ち上げられていた。
ゴリラの様に厚い胸筋の持ち主である大男が 弐弧の体を軽々と其の肩に担ぎ上げている。
「… な!
自分の身に何が起ったのか理解が追い付かない。予想外の出来事であった。
「大門(だいもん)さん!」
叫喚の中にはっきりとした若い女の声が響く。
「甜伽(てんか)ちゃん。こいつぁ噂以上だ。ちっとヤバいぜ」
弐弧を担ぎ上げた大男が応じた。
大男の巨体が邪魔をし 前方には僅かな視界しか得られなかったが 若い ― 少女のような女の服装が白い制服だった為に 黒い異形たちの中では良く目立った。甜伽、と呼ばれた少女が鎖を手にしている。
其の鎖の先には ―
初めて其の姿を見たあの時と同じ様に 鎖を体に巻き付けられて捕らわれた一縷が居た。
あの時と違うのは一縷が抵抗している事だ。
がちがちと激しく音を立て 狂犬の如く鎖を噛んでいる。
鉄柵をも溶かした一縷が。普通の鎖にしか見えないが何故かびくともしない。其ればかりか一縷から炎を奪ってしまった様だ。
「は … 放せ!」
弐弧は大男の肩の上で暴れた。
大男は表情も変えず 蒼い炎を纏った大斧で 雑草でも刈るかの様にばっさばっさと黒い首を落としてゆく。
甜伽と呼ばれた少女は巨大な黒猫に護られながら鎖を手にして弐弧を見る。大門に捕らわれた者達が大抵そうである様に 放せ放せと騒ぎ立てて何とも無様な姿だ。最初は軽蔑の目で見ていたのだが ― 何かが
何かが違う そう感じ始めている。
報告の中に其の言葉があったがさして気にも留めず 何故なら、百鬼弐弧と言う名の此の少年の能力値が底辺のものだったからだが
― 恐慌を来す程に「何か」を予知し 「何か」から逃れようとしている
「大門さん!」
遅かった。
地面が口を開きごぶり、と大門を飲み込んだ。弐弧は地面に投げ出された。あの大男が 喰われる前に弐弧を投げ飛ばしたのだ。
大男の名を呼び続ける少女の悲愴な金切り声が遠くに聞こえる。反射的に上半身を起こしたが 体の感覚は無く 眼前の光景は目に映るだけで もう 心の中には何もない。

― 見た事あるかな? かんしゃく玉。こんなの手にする機会もなかった?簡単だよ
こうやって

あの男から何一つとして貰いたくはなかったが 投げ渡された其れを手が受け止めていた。
テニスボールくらいの大きさで派手な色彩の模様が描いてある。
「きゃ … っ
甜伽は驚愕の目で弐弧を見た。其の時にはもう 甜伽に向かって投げつけられた其れが爆発し
辺り一面に花火の様に蒼い炎が弾け飛ぶと 次いで炎の体を持つ狐が縦横無尽に走った。
視界を奪われた上に忌々しい狐に襲われ 甜伽は信じられない思いでいっぱいだった。
何と言う事をするのだ。
自身を襲わんとしている化け物ではなく ― 此の堕鬼を救おうとして 狐玉を投げた。
鎖は甜伽の手から落ちた。思い通りだろう。だが
助けを請えば 助けてやらないでもなかったのに。馬鹿な男だ。
― もうなにものも百鬼弐弧を助けられはしない。
逃げる事もせず、座り込んだ弐弧の右上半身に激しい衝撃が走る。女の歯が弐弧に喰らい付いた。
其の時にはもう目をきつく閉じていた。
自分が喰われる様を見たくない。音だけはどうしようもなかったが 其れも直ぐに終わるだろう。

自身の死は避けられなかったが
自身の能力は最後まで行動を誤らなかった
少年と出会った時から きっと 此れが弐弧の運命だった
役目は果たした
だから
此れが最後の「予知」  此れが  最後の「映像(ヴィジョン)

闇の先に光が見える 紅い目の少年は一度だけ振り返ったが 立ち止まらずに歩いてゆく
闇と訣別し
耀く光の中へ   新たな始まりの世界へと歩み出してゆく
もう二度と振り返ることはない


―  サビ子 ブッチ   やっと 一緒にいけるな


鎖が空を切り ごどん、と重い音を立てて頭が地面に落ちると長い髪を絡ませて転がった。
「大門さん!」
「大門さん、何処?死んでないんでしょ?」
死ぬ筈がない。こんな こんな所で ―
「きゃあ!」
先刻とは比べものにならない爆発音と共に蒼い炎が花火宛らに飛散する。甜伽は光に目をやられて思わず悲鳴を上げただけだったが 黒い首は炎の狐の攻撃を受けて、叫きながらのたうち回った。体から蟲を撒き散らし 割れた卵からは空洞の目を持つ赤子の白い体が飛び出している。
「もう!いい加減にしなさい!玖牙(くが)!」
と言うのも またしても炎の狐が嘲るように甜伽の体を駆け巡り スカートまでめくっていったからだ。
「あれ?俺は呼び捨て?」
甜伽は激しい憎悪を込めた目で玖牙を見る。めらめらと燃えるどす黒い気が甜伽から上がった。
「助けに来たのに冷たいなぁ」
対して玖牙は目を細め 不変の笑みを浮かべて甜伽を見返す。
「ねぇ?」
最後の台詞は取り巻きの黒狐たちに向かってかけられたものだった。
美しい黒狐たちは玖牙に艶然とした目をくれる。其の口元が笑っているようにすら見える。狐たちは舞う様に優雅な動きで黒い首を喰い千切っていった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み