第46話 鬼子の宴 開宴
文字数 2,887文字
此処に入れる者は限られている。
黒を基調とした和モダンのビル。中に入れば 其処は別世界。
天井は高く 水晶窟の様なシャンデリアが眩く耀き 壁の黒煉瓦を流れ落ちる美しい滝が在る。
地上は高級車と着飾った華美な人々で溢れかえっていたが 地階に降りると人気は途絶え 洞窟に入ったかの様な静寂と冷たい空気が出迎えた。
黄金の混じった光沢も美しい黒煉瓦の壁に彩られ 天井に嵌め込まれた仄かな照明が闇に浮かぶ。
照明は飾りに等しく 地階は殆ど闇に近かったが 其れは 此処に居る者達が明かりを特に必要とはしないからであった。
「若、あっしはこれで」
欣がそう言うと 銅製の重厚な両開きの扉を 狛犬の様に両脇に立った黒スーツの厳めしい巨漢の男達が開けた。
振り向いた時には 付き人の姿はもう何処にもなかった。赤毛の付き人は 陽気な笑顔の裏側で、ずっと何かを言い出せずに苦しんでいたが 最後まで口にしなかった。
何か良くない事が起こる、と言うのは 弐弧にも分かっていた。付き人が声を掛けてきた時から薄々気付いていた。明るく振る舞っていたが、無理をしている事は直ぐに分かった。赤毛の付き人は噓を吐くのが下手だ。だが 例え 付き人が宴の真相を暴露して止めたとしても 弐弧は行くと言う選択をしただろう。
其れは 自身の「声」ではなく 他為らぬ自分の心がそう言っていたからだ。
会場の奥の壁は一面硝子張りで 其の向こうには 明るい陽射しの中に 水路と夜叉竹をあしらった雅な和の庭園が広がっていて 当に日は暮れている筈なのに、其の庭園を見ていると時間の錯覚を起こしそうだった。とても地階とは思えない。
清涼とした空気の中に 人の声が静かな水流の様にさざめいていた。
片意地を張った事を少しばかり後悔させられる程 弐弧の身形は場違い感も際立っている。
長居する気はないから構わないと思っていたが 五分も経たない内に居たたまれなくなった。
スマホだけは持って来ていたが 圏外になっている。扉の前には筋骨隆々の大男が岩の如く立ち塞がり まるで 永久に出られない監獄に閉じ込められたかの様な 不穏な空気を感じさせられた。
自身の「声」は ― 弐弧は頭を振った。
饗宴のテーブルに置かれた贅を尽くした料理の数々も 咲き誇る大輪の花の様に華やかな少女達にも 何一つ心を動かされない。
一言で言うなら「退屈」だった。
此れが唯のパーティーだったなら全力で断っただろう。
欣の言っていた賞品の在処は直ぐに知れた。中央に大理石の展示台があり 其処だけ白光も眩しいスポットライトが当てられており 硝子ケースの中で 深い紫色の布の中に鈍い光を放ちながら重々しく沈み込んでいる。
遠目にも此れが銃かと首を捻る様な不思議な形状ではあったが 自分に扱えるなら何でも良い。短刀よりはまだ役に立ちそうだ。
展示台の周囲には誰も居ない。賞品を覗きに来る者も無い。贅沢な暮らしに慣れた者達にとって 此の賞品はそんなに魅力的な物でもないのだろうか。
天井の両端に吊り下がっている小さ目のシャンデリアの仄かな橙色の灯りがあるだけで 会場全体は薄暗く 其の中に 展示台は舞台宛らに白く切り取られた空間として中央に座し 離れてクロステーブルが周囲を取り囲んでいる。
迂闊に近づけない。其れでなくとも浮いた格好をしているのに 光の中に入れば悪目立ちする。素直にタキシードを着て来ていたとしても変わらない。弐弧は華やかな外見とは程遠く 上等の服を着れば其のアンバランスさにますます周囲から浮くだろう。
会場内にいるのは殆どが恐らくは学生で 弐弧とさして年齢も変わらない様な少年少女達だ。優雅な立居振る舞いで如何にも良家の子らしい。思い思いに寛いでいる。其の中で
タワーの様に巨大なケーキをフォークで突き回しているのは ― 眞輪だ。
見知った顔がいる事に安堵を覚えたが 眞輪とは得に交友関係もない。向こうも此方には見向きもしない。
男を魅了し 女も羨望の溜息を吐く 美しい顔立ちをした黒いドレスの華奢な少女。
簡素ながら露出的な黒いドレスの隆起も悩ましく 踵の高い黒いヒールが美脚を際立たせている。
大きな青紫の鴉揚羽の飾りが濡れ羽色の髪を彩り 長い睫毛に覆われた伏せ目がちの大きな蒼い眸は蠱惑的で 誰しもが目を奪われた。
美しい少女は 男達には目もくれない。
男達は目で少女を追ったが 実際に追う様な真似はしなかった。其れは
少女の養父が誰かと言う事を心得ており 手を出せば 其の後の運命まで容易に想像がつくからだ。
腕時計を見る。
入ってからまだ一時間も経ってはいないのだが 一分一秒が弐弧には焦れる程に感じられた。
此の儘 遠くから眺めているだけしか出来ないのか ―
「弐ー弧りん♡」
直ぐ目の前に 二次元から飛び出して来たかの様な少女が不意に顔を出し 弐弧を死ぬ程驚かせた。
「楽しんでる~?」
オフホワイトの地にピンクの花柄の刺繍ドレスを着た 目も覚める様な桜色の髪の少女。
「みくるんって言いまぁーす♡」
顔の横に両手を広げて 溌剌とした笑顔も愛らしい。
弐弧は警戒心も露わに少女を見る。
「黒鬼息子さんだぁ!黒鬼さんちの息子!わーヤバイ可愛い~♡」
少女は弐弧の冷淡な態度にも気を悪くせず 其れ処か きゃっきゃとはしゃいで勝手に盛り上がっている。
会場内にいる華やかで気品に満ちた、気位の高い少女達に比べると 庶民的で親しみやすい感じはするが 警戒は簡単に解けない。廃墟では こう言った人間の方が最も信用がおけなかったからだ。
「さっきからずーっとアレばっかり見てないですかぁ?」
そう言って少女は展示台の銃を指差した。弐弧の口は返答を拒んだが 少女はやおら弐弧の腕を掴むと
「私も気になってたんです~♡行ってみましょうよ!」
そう言うが早いか 行動力に物を言わせて凄い力で弐弧を引っ張っていく。
確かに行きたいとは思っていたが
「わぁ~!古くさー!」
展示台に着くなり 可憐な少女の口から辛辣な第一声が張り上げられたのに驚かさせられた。
正直な感想には違いない。心の中では弐弧も同じ声を上げていたからだ。
少女の言う通り 間近にすると銃は相当に古めかしく 廃墟の店跡にでも行けば幾らも転がっていそうなガラクタにしか見えない。此れで弾が発射されるのかどうかも疑わしい。
一発目で本体ごと吹き飛びそうだ。
「え~すごぉーい!此れが賞品って最悪ー!」
アハハハと大口を開けて笑う。格式高いパーティー会場の静粛な雰囲気を 鶴の一声の威力で破壊する勢いだ。
「ねー、誰か!此れってどうやったら貰えるんですかぁ?」
此処まで傍若無人が過ぎると流石に青冷める程引いたが 喉元まで出掛かっていた言葉を悉く代弁してくれるのは有り難い。
だが 会場は水を打った様にしんと静まり 今や氷点下だ。大勢の人間の冷たい視線が二人に注がれる。
「あー!うんうん。確かゲームするんでしたよね~?」
少女は周りの空気には無頓着で 人差し指を立てて振りながら 一人で勝手に話を進める。
「あ、でもぉ其れって
少し間を開けた後 少女はぞっとする様な蒼い目で弐弧を見た。
「もうとっくに始まってますよぉ?」
黒を基調とした和モダンのビル。中に入れば 其処は別世界。
天井は高く 水晶窟の様なシャンデリアが眩く耀き 壁の黒煉瓦を流れ落ちる美しい滝が在る。
地上は高級車と着飾った華美な人々で溢れかえっていたが 地階に降りると人気は途絶え 洞窟に入ったかの様な静寂と冷たい空気が出迎えた。
黄金の混じった光沢も美しい黒煉瓦の壁に彩られ 天井に嵌め込まれた仄かな照明が闇に浮かぶ。
照明は飾りに等しく 地階は殆ど闇に近かったが 其れは 此処に居る者達が明かりを特に必要とはしないからであった。
「若、あっしはこれで」
欣がそう言うと 銅製の重厚な両開きの扉を 狛犬の様に両脇に立った黒スーツの厳めしい巨漢の男達が開けた。
振り向いた時には 付き人の姿はもう何処にもなかった。赤毛の付き人は 陽気な笑顔の裏側で、ずっと何かを言い出せずに苦しんでいたが 最後まで口にしなかった。
何か良くない事が起こる、と言うのは 弐弧にも分かっていた。付き人が声を掛けてきた時から薄々気付いていた。明るく振る舞っていたが、無理をしている事は直ぐに分かった。赤毛の付き人は噓を吐くのが下手だ。だが 例え 付き人が宴の真相を暴露して止めたとしても 弐弧は行くと言う選択をしただろう。
其れは 自身の「声」ではなく 他為らぬ自分の心がそう言っていたからだ。
会場の奥の壁は一面硝子張りで 其の向こうには 明るい陽射しの中に 水路と夜叉竹をあしらった雅な和の庭園が広がっていて 当に日は暮れている筈なのに、其の庭園を見ていると時間の錯覚を起こしそうだった。とても地階とは思えない。
清涼とした空気の中に 人の声が静かな水流の様にさざめいていた。
片意地を張った事を少しばかり後悔させられる程 弐弧の身形は場違い感も際立っている。
長居する気はないから構わないと思っていたが 五分も経たない内に居たたまれなくなった。
スマホだけは持って来ていたが 圏外になっている。扉の前には筋骨隆々の大男が岩の如く立ち塞がり まるで 永久に出られない監獄に閉じ込められたかの様な 不穏な空気を感じさせられた。
自身の「声」は ― 弐弧は頭を振った。
饗宴のテーブルに置かれた贅を尽くした料理の数々も 咲き誇る大輪の花の様に華やかな少女達にも 何一つ心を動かされない。
一言で言うなら「退屈」だった。
此れが唯のパーティーだったなら全力で断っただろう。
欣の言っていた賞品の在処は直ぐに知れた。中央に大理石の展示台があり 其処だけ白光も眩しいスポットライトが当てられており 硝子ケースの中で 深い紫色の布の中に鈍い光を放ちながら重々しく沈み込んでいる。
遠目にも此れが銃かと首を捻る様な不思議な形状ではあったが 自分に扱えるなら何でも良い。短刀よりはまだ役に立ちそうだ。
展示台の周囲には誰も居ない。賞品を覗きに来る者も無い。贅沢な暮らしに慣れた者達にとって 此の賞品はそんなに魅力的な物でもないのだろうか。
天井の両端に吊り下がっている小さ目のシャンデリアの仄かな橙色の灯りがあるだけで 会場全体は薄暗く 其の中に 展示台は舞台宛らに白く切り取られた空間として中央に座し 離れてクロステーブルが周囲を取り囲んでいる。
迂闊に近づけない。其れでなくとも浮いた格好をしているのに 光の中に入れば悪目立ちする。素直にタキシードを着て来ていたとしても変わらない。弐弧は華やかな外見とは程遠く 上等の服を着れば其のアンバランスさにますます周囲から浮くだろう。
会場内にいるのは殆どが恐らくは学生で 弐弧とさして年齢も変わらない様な少年少女達だ。優雅な立居振る舞いで如何にも良家の子らしい。思い思いに寛いでいる。其の中で
タワーの様に巨大なケーキをフォークで突き回しているのは ― 眞輪だ。
見知った顔がいる事に安堵を覚えたが 眞輪とは得に交友関係もない。向こうも此方には見向きもしない。
男を魅了し 女も羨望の溜息を吐く 美しい顔立ちをした黒いドレスの華奢な少女。
簡素ながら露出的な黒いドレスの隆起も悩ましく 踵の高い黒いヒールが美脚を際立たせている。
大きな青紫の鴉揚羽の飾りが濡れ羽色の髪を彩り 長い睫毛に覆われた伏せ目がちの大きな蒼い眸は蠱惑的で 誰しもが目を奪われた。
美しい少女は 男達には目もくれない。
男達は目で少女を追ったが 実際に追う様な真似はしなかった。其れは
少女の養父が誰かと言う事を心得ており 手を出せば 其の後の運命まで容易に想像がつくからだ。
腕時計を見る。
入ってからまだ一時間も経ってはいないのだが 一分一秒が弐弧には焦れる程に感じられた。
此の儘 遠くから眺めているだけしか出来ないのか ―
「弐ー弧りん♡」
直ぐ目の前に 二次元から飛び出して来たかの様な少女が不意に顔を出し 弐弧を死ぬ程驚かせた。
「楽しんでる~?」
オフホワイトの地にピンクの花柄の刺繍ドレスを着た 目も覚める様な桜色の髪の少女。
「みくるんって言いまぁーす♡」
顔の横に両手を広げて 溌剌とした笑顔も愛らしい。
弐弧は警戒心も露わに少女を見る。
「黒鬼息子さんだぁ!黒鬼さんちの息子!わーヤバイ可愛い~♡」
少女は弐弧の冷淡な態度にも気を悪くせず 其れ処か きゃっきゃとはしゃいで勝手に盛り上がっている。
会場内にいる華やかで気品に満ちた、気位の高い少女達に比べると 庶民的で親しみやすい感じはするが 警戒は簡単に解けない。廃墟では こう言った人間の方が最も信用がおけなかったからだ。
「さっきからずーっとアレばっかり見てないですかぁ?」
そう言って少女は展示台の銃を指差した。弐弧の口は返答を拒んだが 少女はやおら弐弧の腕を掴むと
「私も気になってたんです~♡行ってみましょうよ!」
そう言うが早いか 行動力に物を言わせて凄い力で弐弧を引っ張っていく。
確かに行きたいとは思っていたが
「わぁ~!古くさー!」
展示台に着くなり 可憐な少女の口から辛辣な第一声が張り上げられたのに驚かさせられた。
正直な感想には違いない。心の中では弐弧も同じ声を上げていたからだ。
少女の言う通り 間近にすると銃は相当に古めかしく 廃墟の店跡にでも行けば幾らも転がっていそうなガラクタにしか見えない。此れで弾が発射されるのかどうかも疑わしい。
一発目で本体ごと吹き飛びそうだ。
「え~すごぉーい!此れが賞品って最悪ー!」
アハハハと大口を開けて笑う。格式高いパーティー会場の静粛な雰囲気を 鶴の一声の威力で破壊する勢いだ。
「ねー、誰か!此れってどうやったら貰えるんですかぁ?」
此処まで傍若無人が過ぎると流石に青冷める程引いたが 喉元まで出掛かっていた言葉を悉く代弁してくれるのは有り難い。
だが 会場は水を打った様にしんと静まり 今や氷点下だ。大勢の人間の冷たい視線が二人に注がれる。
「あー!うんうん。確かゲームするんでしたよね~?」
少女は周りの空気には無頓着で 人差し指を立てて振りながら 一人で勝手に話を進める。
「あ、でもぉ其れって
少し間を開けた後 少女はぞっとする様な蒼い目で弐弧を見た。
「もうとっくに始まってますよぉ?」