第59話 BADEND

文字数 2,385文字

「タケちゃん、原チャ貸してー」
其の声に 駐輪場で談笑していた学生達のうち、一人が顔を向けた。
「構わねーけど、ちゃんと戻せよ」
緩いパーマのかかった灰緑色の髪の少年がキーを投げて寄越す。
「俺が返さなかった事、あったっけ?」
片手で難無くキャッチした慧が抑揚のない声で返答すると
「言葉が違ーし、動く状態で戻せつってんの」
蘇芳竹流(すおうたける)は念を押す様に指を突き付けて来た。
「百鬼、此奴が壊したら証拠押さえといて」
特有の薄ら笑いで 不意に話を振られた弐弧が返事に詰まっていると
「うわ。ひっでー」
表情も声音も変えずに慧が応じた。
「お前のが酷ーわ」
たむろって居た学生達から どっと笑いが沸き起こる。
そう言えば あの時も派手にバイクを壊していた。其のお陰で命が助かった身としては言及しづらいが、此の言われ様だと どうやらしょっちゅう壊しているらしい。其れに
教室ではスマホばかり見ていて、誰かと談笑している姿など見た事もなかったが こうして他クラスの生徒であっても屈託無く会話出来ているのを見れば 十分社交的ではないか、と思えた。
つまり 「誰か」は幾らでも居るだろう、と言う事だ。
弐弧の顔に心中の言葉が出ていたのか
「一緒に居て面白い奴とただ話すだけの奴ってのはキホン違うんだよなー」
慧はそう言うと何時もの薄い笑みをくれた。



陽はまだ天にある。
建ち並ぶビルの硝子窓が陽光を受けてギラギラと耀き 人も建物も犇めきあっている。
美しい外観のビルの直ぐ横に、矢鱈と看板の掛かったけばけばしい雑居ビルが軒を連ねていたり 雑踏を行き交う人々の姿も様々で 街には騒々しい音と声が洪水の様に溢れ 排気ガスに汚染された大気が渦巻き 日が照りつけると、目眩を起こしそうになる程息苦しく感じられた。
慧に従って、陸橋の下にある駐輪場に原付を停める。
影の中に入るとひんやりとして 幾分か落ち着いた。学ラン姿の学生達がたむろって、時折奇声を張り上げてはゲラゲラと笑って騒いでいる。

瓦礫に押し潰されたバイクや自転車が めらめらと燃えて ―

駐輪場に入った時、どきりとしたが 此処があの場所なのかどうか分からない。
上を見上げる。陸橋は崩れ落ちて来そうも無かった。自身の「声」も聞えず
慧と街に出たが何も起こらない儘、時間は過ぎて行った。
雑踏の中には学生達も多く居て 楽しそうに話し、笑い合っている。
どんな話をしているのだろう。
自分は 話したい事など何も無い。問えば答えるが 本心は隠している。
そんな奴の何が面白いと言うのか。
だが此れで 慧にもやっと分かった事だろう。
「ゲーセンに興味あるとか意外なんだけど」
其の声に、はっと我に返る。
自分でも気付かぬ内に ゲームセンターの中にある物に意識が向いていた。
ガンシューティングゲームの台のフックに掛かっているのは 銃だ。銃型のコントローラーだろうが 撃つ練習が出来るだろうか、と考えていた。実は本物の銃を肌身離さず隠し持っている、等と 慧に言える訳が無い。
「別に
好きじゃ無い 何時もの様に取り付く島もない返答は
「面白そーじゃん。行こーぜ」
慧に体ごとゲームセンターの中に押し込まれた。
「は?!
「何す … おい!押すなって!」
「いーから、いーから」
必死の抵抗も 弐弧を押しながら揚々と進んで行く慧の耳には念仏宛らに届かない。
直管蛍光灯の白い光に満ちていながら 中は何処となく薄暗さを感じさせ 機械から出る様々な音、混ざり合う音楽、大声で騒ぐ学生達、上から降って来る店内放送 此処には「音」しかない ― 耳がどうにかなりそうだ。
「やるなんて言ってないだろ!」
否定的な声を上げる弐弧に 彼方此方から異端な者を見る陰鬱な目が向けられ 其れ以上の抵抗は諦めざるを得なかった。
ゲーム機の前に到着すると 弐弧は仏頂面で押し黙り、観念した。
「どーするよ、対戦する?共闘する?」
知る訳が無い。ゲームなどした事も無いのに。
慧はもう銃を手にして画面を撃ち、勝手に進めている。元より返事を聞く気は無いらしい。
「お前、弟な」
ゲーム台を彩るPOPを見るに、兄弟が主人公らしいが 悠長にそんな物を眺めている間も無く銃型のコントローラーを手渡されて 然も嫌そうに受け取ったが、内心は一寸違った。
玩具の銃に二次元の的とは言え 自分に銃が扱えるどうか知るには良い。
慧が銃の操作方法を教えてくれたが、そう難しくも無い。いけそうだ。
「お、本気モード?」
慧が茶化して来たが ゲームがスタートすると自分でも驚く程集中していた。
標的はゾンビで 弾が当たると、画面に飛び散った血がべちゃっと張り付く演出には閉口させられたが 不意に出現する敵 猛スピードで突進して来る敵 決まった部位に当てないと倒れない敵 ― 二次元の世界に入り込んだかの様に、目の前の光景は現実味を帯びて 敵が襲って来る度に心拍数は跳ね上がり シチュエーションは十分勉強になると思えた。
「すげーじゃん。超高得点」
慧の声が耳に入って来たが 殆ど聞いていなかった。
全滅させた事に優越感を抱き 我知らず笑顔になっている事にも気付いていなかった。
「これさー、実は兄弟も撃てるんだよなー」
「え
言葉の意味を理解する前に 画面に出たDEADの文字で理解した。
「な … 
「何してくれてんだよ 巫山戯んな!
「サイテーかお前!」
弐弧の憤りに動じる事も無く 慧は声を上げて笑う。
「画面見ろって。俺等もうゾンビになってんだからさー」

画面の中に一人残された兄の顔は 醜く爛れ 目は白濁し 其処に居るのはもう人間では無かった。
最後に残された自我で 兄は自らの頭を撃ち抜いた。

DEADEND
映像は目に焼き付いて ―

「此のゲーム、どうやっても結局 バッドエンドにしかならないんだよな」
言葉が耳から離れなかった ―

何処にも 逃げ道は無い

弐弧の信念は揺らぎ始め 祅の信念は揺るぎないものになってゆく

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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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