第42話 新手の敵

文字数 2,781文字

「狐玉か」

舌打ちと銃声音が闇に響き

だ。

を潰せ」
炎と狐の乱舞の中で 若い男の冷徹な声がはっきりと聞こえた。
甜伽と同じ様に吹き飛ばされたものの、素早く起き上がった弐弧は 其の言葉を聞き 其れが一縷の

ではなく 自身の事だと直感した。
「りょーかぁーい♡」
其の時にはもう 甘ったるい声で応じた女が 弐弧の前に姿を現わしていた。
金髪のツインテールに黒革のライダージャケット 派手な柄のTシャツから白い腹を覗かせ デニムのショートパンツは魅惑的な太腿に食い込んでいる。
若い女はきゃらきゃら笑いながら 右手に持ったピンボールの様な丸いキャンディーを舐めた。
街中にでもいるかの様な気安さで
「ばーん♡」
片目を瞑り 人差し指を向ける。形の良い唇から戯けた発射音を出し 弐弧に向かって撃つ仕草をした。
弐弧の体がびくっと強ばる。此の女から発せられる異様な「気」を全身で感じている。
体が 動かない。
「なーんちゃって♪」
「きゃはははは ホンモノはこっち~♪」
殺戮を心から愉しむ目が残忍な耀きを帯び 手品の様に銃を取り出すと 無力な標的に向かって放ったが 銃弾は深い毛皮の奥に沈み込んだ。
巨大な赤毛混じりの狼が百鬼弐弧を覆い隠し 女の後方からは頭を引き千切ろうとする牙が 直ぐ間近に迫っていた。
女は狂喜に満ちた甲高い笑い声を上げながら シューティングゲームに興じているかの様に撃ちまくる。互いに攻撃を交わしたが 巨大な癖に其の動きは素早い。
直ぐ様二番手の牙が 腹を引き裂きに迫っていた。統率された無駄の無い動き。
咆哮が轟き
不意に姿を見せた歪な獣は 深い闇の中から飛び出して来た黒狼と 真っ向からぶつかった。
完全な乱戦となった。
月光に牙が閃き 骨が砕かれ 飛び散った血肉は 闇に浮かぶ白い月を紅く染め上げた。

   黒鬼屋敷の黒狼共か
若い男は冷めた眼で戦場を観察した。乱戦の中に在りながら 影の様に 其の存在を誰も捉えられない。とは言え 実体が無い訳では無いから 男も巧みにすり抜けなければならないが 動作もないことだ。
瀕死の黒猫を抱えた女は 鵺杜守家の養女だろうが 用は無い。
深手を負っている様に見えるが 気力を武器に善戦している。結構な事だ。
百鬼弐弧は 其の能力のお陰で廃墟でも安穏の日々を送っていたに違いない。本当の惨劇も恐怖も知らない。一声でも上げようものなら 即座に見つけ出して、其の白けた頭に叩き込んでやるつもりでいたが 賢明にも声を上げる事は無く 恐らく もう此の場からも遠離っているに違いない。
狼共は黒鬼屋敷の若君を救出に来たのだ。
黒焰を上げていた堕鬼の気配は完全に見失った。百鬼弐弧が投げつけた狐玉は 明確に自分達に向けられたものであった。忌々しい程 人の邪魔をする「力」が働く様だ。
狐玉の中に入っている狐共は自由自在に動く。投げた者が誰であれ指示は出来ない。自身の体の炎が尽きる迄 狐共は好き勝手に敵を判断しては攻撃を仕掛ける。
堕鬼も狐共の炎に 自分達と同様にまかれていたが あの程度でやられる筈は無い。女に百鬼弐弧の始末を任せ 狐共を一手に引き受けている間に 彼程迄に禍禍しい気を放っていたのが 夜凪の様に鎮まり 若しや息絶えたのか、と思える程で 其の姿を見る前に狼共が急襲し 堕鬼は其の儘消えてしまった。

数では此方が勝っている筈であったが 力の差は歴然。
容赦の無い銃弾は多くの黒狼の体に撃ち込まれたが 短い呻き声は直ぐに唸り声に変わり進攻を止める者は無かった。
大地に赤黒い血が流れ 大気は血飛沫に噎せた。
味方は次々と肉塊に変えられ 黒狼達はどれ程銃弾を浴びようと 自分に向かって来る。
其れは構わないのだが
もう百鬼弐弧には手出し出来ないのが分かると 急につまらなくなった。
死をも辞さない狼共は 強固な陣を構え 攻撃する者は猛進し 今や百鬼弐弧との距離は開いてゆくばかりであった。
既に此方の部隊は殆ど壊滅したらしく 四方八方に血臭と共に毛深い骸が転がっている。
気性の荒い連中を連れて来たのだが 無駄な駒だった様だ。
盾にも為りはしない。
「やなヤツ」
女は憮然とした。
最初の黒狼よりも 更に巨大な銀毛の狼の牙が急襲して来たのだ。
其の凶気は凄まじい。辺り一帯が噎せ返る様な忿怒の気を放つ狼だらけだった所為で反応が遅れた。
牙に裂かれた右肩が派手に血飛沫を上げ 銃を持った腕がだらりと垂れ下がった。
危うく半身を持って行かれる所であったが しなやかな女の体と 回避能力が其れをさせなかった。
狼は素早い動きで銃弾を躱し 散ったのは銀毛の表面だけであった。
銀狼は炎を吐きながら 一気にたたみ掛けて来る。
八つ裂きにしないと気が済まない性質らしい。自分も同じだが 既にやる気は失せている。
「本番」にはまだ早い。
今日は「遊び」に来ただけだ。目的を達成させる前に邪魔が入り 地団駄を踏んでいた所へ
偶然目当ての「モノ」が現れた。
   良い手土産になるかと思ったのに
「ケッ つまんね~」
女は唇を窄めると 無事な方の手に銃を持ち替え 「気」を込めて撃った。
並の者なら避ける事すら出来ないが 銀狼は寸での所で躱し 少しばかり肉が抉れただけで
「はぁ?何?うっざ!マジうっざ!!死ね、此のクソが!」
撃ちまくる事によって遠ざけるだけで精一杯だ。
其の時
「甜伽ぁ!甜伽ちゃーん!!」
咆吼と血が飛び交う戦場に 法螺貝の如く大男の声が鳴り響いた。
「! … だ 大門さん?!」
夜彦丸を抱きかかえながら咆吼の中で戦っていた甜伽に 其の声は突風の様にぶつかってきた。
「大門さん!」
其の名を呼んだだけで 張り詰めていた糸が切れ 甜伽の目から涙が零れた。
間も無く 蒼い猛火を纏った大斧に薙ぎ払われて道が開けると 甜伽の前に大男が壁の様に立っていた。
「大門さん…」
こんな姿を見せたくなかった。溢れる涙で視界が滲んで大門の顔が見えない。だが
きっと怒っているだろう。勝手な事をした上に此の有り様だ。弁解の余地もない。
血塗れになった甜伽を見た大門はあんぐりと口を開けた儘言葉を失い 血管が不穏に浮き出すと みるみる顔が赤黒くなっていく。
「誰だぁー!甜伽ちゃんをこんな目に遭わせたヤツはあああ!!」
月をも破壊せんばかりの怒声に 甜伽は空いた手で耳を塞いだ。溢れ出した涙も感傷的な気持ちも木っ端微塵に吹き飛ばされ
「大門さん!堕鬼が …
甜伽は大門の声を上回る大声を張り上げた。
「堕鬼だとぉ?…うぬぅ!あのガキ共かぁ!」
「違 …! ちょっと待
一から簡潔に説明するのは難しい。忿怒に燃える大門は既に聞く耳を持っていない。
「良いから黙って話を聞けー!!」
だが 甜伽も負けてはいなかった。

男は新手の「鬼」が現れた事に警戒したが 馬鹿馬鹿しいやり取りにすっかり興醒めした。
「退くぞ」
冷めた口調で言い放つと
黒い影が渦巻いて二人を包み 闇の中に姿を消した。

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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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