第65話 馬鹿

文字数 2,646文字

「おー、いってー」

鉛の銃弾はアキの心臓を貫通したが 着弾した時に震動を与えた位のもので 紅い血が迸り、開いた穴からどくどくと血が流れ出しても顔色一つ変わらなかった。寧ろ
嘲笑う為に態と避けなかった様にすら思える。

「やっぱこんくらいじゃ死なねーよな」

感情も抑揚も無い 落ち着き払った声。拳銃を手に立っていたのは
   … 慧!?
シャツを紅く染めながらも 揺るぎない姿勢を保つ新那慧だった。
陥没した道路の淵に立ち 腕を真っ直ぐに伸ばしてアキに狙いを付けている。

慧が生きていた ―  夢でも 幻でもない

「あったりまえだろ」
「仲良くイキってんじゃねーよ
「お前ら、そんなんで俺を斃せるとかガチで思ってたりしねーよな?」
非道な言われ様に怒るでもなく アキは教室で雑談でもしているかの様に気易い口調で返した。
「だよなー。悪い悪い」
あっけらかんとした台詞を吐く慧に 射貫く様なアキの鋭い目が向けられる。
「つーか、全部見てたぜ?」
「ひっでーな、お前。人を犠牲にしといて平気な面しやがってよ」
口では非難しながら アキはにやにやと人を食った様な笑みを浮かべて面白がっている。
「ま、悪いのはアイツらだし、仕方ねーわ。馬鹿だよな。お前の「力」も知らないで、まんまと乗せられちまったんだから」
冷笑を交えて両肩を竦めてみせる、其の大仰な仕草は今も変わっていない。
「呪い返し ― ってか?」
「暴力には暴力で、死には死を 


「但し、自然災害とか不慮の事故は此れには当たらない」
「だろ?」
小首を傾げて同意を求める仕草をしたが 明らかに見下したものだった。
「御託ばっか並べてねーで、試してみりゃ良いじゃん」
「はは!ソレな!」
同じ様に見下した慧の返答にアキが屈託無く笑う。
― 冗談だよ  今にもそう言いそうなのに 此の状況はもう冗談では済まされない。

「そーだなー。折角だし
「どーやったらお前が死ぬか 試してみるか」

心臓を鷲掴みにされたかの様に息が詰まった。

―  慧は 自分と一緒に居たが為に

「慧!余計な事するな!!」
   まだだ
   まだ何も終わっていない
   最後まで諦めるな
持てる気力だけで上体を起こし 銃を構え直した 刹那
「!
右手を容赦の無い鉛弾が貫通し、銃を手放させると 地面に赤い斑点が飛び散った。
「 っ…! ぐ、うう…っ!!
開いた傷口を押さえた手の隙間から血がぼろぼろと零れ落ち、腕を伝って視界を紅く染めてゆく。歯を食い縛って迸る悲鳴を殺した。
「てめーは自分の心配だけしてろっつの」
狙撃して来たのは 口調は全く違っているがあの時の金髪女だった。倒壊したビルを踏み躙る様に威丈高に立ち 細く硝煙の上る銃口は 如何した訳かアキに向けられている。
アキは降参とでも言う素振りで両手を上げたが 冷笑した顔は徹底しており、相手をあからさまに侮蔑した態度にしか見えない。女の方も凍り付くような視線で其れを見ている。
「此奴を殺すなっつてんだろ。拉致んのにどんだけかかってんだよ」
凄みを利かせた声の中にも アキに対する剥き出しの感情が表われていた。
「どっかのボンクラみてーにそんな何日もかかってねーけど?」
ばし と言う短い音がしたと同時に、上げられたアキの右手に開いた穴から血が飛び散った。
「んだよ、全く。何奴も此奴も直ぐに撃ってきやがんな
「意味ねー事ばっかして、時間を無駄にしてるのはそっちだろ?
「奇天烈女」
次に女が放った銃弾は 炎に巻かれて消え去った。アキの蒼い目が残忍な光を帯びて女を見ている。開け広げの殺意が 標的に狙いを定めた。
「はぁ?殺る気か?
「てめーなんざ、唯の使い捨てだっつの。此の勘違い野郎が
「アタシは別に良いぜ? ボスがどっちをとるか、其の眼で確かめてみろよ」
女は甘いキャンディを舐める様に 恍惚とした表情で銃口をべろりと舐めた。

二人が仲間割れを始めて直ぐに慧は行動に移っていた。好機を逃したりはしない。
「!
   馬鹿!来るな
   慧!
引き摺り出された腸の様に、断面から力無く垂れている管やアスファルトの瓦礫を伝いながら、氈鹿の様な敏捷さで降りて来る。
大声を出して仲間割れをしている二人の注意を向ける様な真似はしなかったが どれだけ叫びたかったか知れない。
「うわ 酷ーな。立てるか?弐弧」
其の笑みも 其の声も変わらない。どんな窮状に陥っても 感情に左右される事の無い慧の姿勢は揺るがない。
其れが悔しかった。
其れに引き換え 自分は如何だ。あの時から何が変わった?今も 何が出来た?
「何しに来たんだよ!
「余計な事するなって言っただろ!
「馬鹿か!」
出来る事と言ったら 罵詈雑言を叩き付けて、不快になった相手を自分から遠離る様に仕向ける位だ。
「マジか」
「めっちゃ元気じゃん」
所が 予想に反して慧の笑みが増し、反抗的な子供の様に怒りが湧き起こった。
「巫山戯んな!
「どっか行けよ!何考えて
座り込んでいた弐弧の無事な方の腕が、上にぐいと引っ張られ
「 …っ! いたたた!!痛い痛い!!
思わず悲鳴を上げていた。慧が畑から大根でも引き抜くような勢いで、弐弧の左腕を掴んで起き上がらせようと試みたのだ。
だが 全身を強く打っていて痛くないところは無い。
「痛いって馬鹿!やめろ!!」
噛みつかんばかりに弐弧が怒り出しても 依然として慧は怯まなかった。
「人の事馬鹿馬鹿言ってる場合じゃねーだろ。早く立てよ」
動じない慧の態度に硬化して、不安定な心はますます意固地になる。
「… !!
「放せよ!」
乱暴に其の手を振り解いた。
言われなくとも此処に落とされた時から既に努力していた事だ。実現していないだけで諦めた訳では無いが 今は一刻を争うと言うのに
「ウザいんだよ!お前
何で来たんだ 慧。
「もう俺に構うな!」
足手纏いになるって分かってるだろ。置いて逃げろよ 馬鹿。

此の世界では 弱い奴から死ぬ  ― 其れだけの事だ

「うわ何ソレ。ガキかよ」
「はあ!!?」
呆れた顔付で嘆息と共に吐き出された慧の言葉にかっとなったが 其れ以上に 本当は驚いていた。
「はー?じゃねーし
「何で俺がお前の言う事聞かなきゃならないんだよ
「ウザいのはお前の方だろ
「馬鹿か」
冷徹につらつらと正論を上げ連ねられては
「…
ぎりぎりと歯を食い縛って耐える他無い。

バサバサバサ …

出し抜けに虚な羽音が聞こえ 慧は瞬時に銃を向けると攻撃態勢をとった。緊迫した空気が張り詰める中、「其れ」は 半壊したビルの看板の上に二本足でとまり じっと此方を見ている様であった。

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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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