第31話 クラスメイト

文字数 2,537文字

「弐弧って呼んで良いか?百鬼とか呼びにくいし
「俺も新那なんて姓、女の名前みてーだからさ 慧(けい)で良いよ」
赤ん坊の時にKの一文字が入った紙袋に入れて捨てられてたんだ。酷ーよな。
名前、安易すぎじゃね?
そう言って 此の一風変わった授業に入る前に 背中合わせになる相手に抑揚のない声で自己紹介してくれた。
人懐っこい感じはまるでない。廃墟に居た子供なら大抵はそうである様に表情も乏しい。其の割に人当たりは良く 分け隔て無く暴言を吐く性格らしかった。
最も驚かされたのが「甜伽」だ。
真逆 同じ学校で同じクラスに敵対した相手が居るとは。是れ以上驚く事がまだあるのだろうか。
隣の席にすとんと座るなり じろりと弐弧を睨み付けた。
「何よ。もう貴方には手を出さないわよ」
「黒鬼屋敷の御子息なんだから」
最後の台詞を強調して言われた様に感じるのは強ち間違いではないだろう。
其の目には遺恨しかない。寸鉄人を刺す様な言葉さえ除けば ほっそりとして 肩までの黒髪に黒い眸の 青竹の様に真っ直ぐで凜とした美しさを持った少女であった。
其の後ろで 陽光を受けてリングの耳飾りが煌めく。
甜伽と背中合わせに座っている少女はビスクドールの様に美しく冷たい容貌で 胸元から腰付きまで思わず目が吸い寄せられる程の魅惑に満ちていた。
漆黒の髪はバネの様に綺麗に巻いていて 真夜中の天の如く蒼い眸が冷酷な耀きを放っている。
「お前は悪くないけど 流石に其の絵は酷くね?」
「そんな事ないわ」
「だよなー。やっぱお前最強だわ、眞輪(まりん)」
「そうね 知ってるわ」
氷の中に閉じ込められた気がした。
慧も甜伽でさえも黙り込んだ。恐らく二人も弐弧と同じ心境なのだろう。

「弐弧ー、事故るなよー」
ヘルメットを手にした時 離れた場所から抑揚のない声をかけられた。
「また明日なー」
慧があるかないかの薄い笑みを見せて歩いて行く。
「おう」
弐弧も簡単に返した。
「せいぜい気を付けるのね」
通り過ぎながら毒を吐いていくのを忘れはしない。
甜伽は返事は無用とばかりに弐弧の脇をスタスタと歩き去った。其の先には
送迎スペースがあり ドーナツ状のレーンには迎えの車が脇に寄せて停車していたが 何れ劣らぬ高級車ばかりであった。
黒スーツの男がリムジンのドアを開けると 眞輪と呼ばれた少女が乗り込んだ。
弐弧は 欣の送迎を全力で断った。
以前の学校は学生寮から目と鼻の先にあり通学は徒歩だった。次の学校が何処にあるのか知らないが 安易に徒歩か自転車での通学を提案したところ
「… そりゃあまあ 若が如何してもって仰るんでしたら」
「街から大分離れてるんで、ちょいと苦労して貰う事になりやすが」
と欣は言い淀んだ。
「そうだ!原付とっちゃあどうっスか。若の年齢ならいけまさぁ!」
そんなに遠いのか。知らずに浅はかな発言をしてしまい、内心で恥じる弐弧に 欣は自身の名案に顔を耀かせて助言してくれた。

世の中にこんな便利な乗り物があるとは思わなかった。
無論、街で何度も見掛けた事はあったが あの頃は 何もかもが自分とは無関係で 唯、目に映るだけの「物」に過ぎず 心を動かされた事はなかった。
直ぐに難なく乗りこなせる様になり 免許証と言うものを初めて手にした。
付き人の言った通り、屋敷は街から遠く離れた山の麓に在った。近辺には一軒の家も無い。人も住まない様な所に石畳の道路が敷かれており、屋敷まで続いている。自然石の道は荒造りではあったが平坦で 原付の機動力を妨げる程でも無い。
街との丁度境目辺りに、稼働しているのかと訝しむ様な老朽化した自動販売機が一機だけ置かれている。
時折、此の場所で原付を停めて休んでいく。
養子にされたものの ― まだ承諾はしていないが ― 金銭に関しては付き人の許可が要る様で、欲しい物があったら何でも遠慮無く言って下せぇ。直ぐに用意させて戴きまさぁ、とは言ってくれたが 蛇側の財布にはサーファー男の金が其の儘手付かずで残っている。
其れに 欲しい物など何も無い。
此の場所で自動販売機の飲料を買う位のものだ。
道の両側には鬱蒼とした森があり 枝を大きく張り出した青楓の影がアスファルトに落ちて揺れている。漆黒の影は 其れだけ陽光が強い事を意味している。
明るい緑、黄みがかった緑、暗い緑、青味の強い緑 此処には色んな緑色がある。今迄こんなに沢山の自然の色を見た事等無かった。
途切れる事の無い蝉時雨が 真夏の熱射を殊更暑く感じさせたが 道路を渡る風が体を冷ましてくれる。
目を閉じれば  ―
「え …?!
木立の合間から焰が見え、火事かと一瞬焦ったが 燃える様な夕焼けの赤色であった。
今は門限も無い。転た寝して帰宅が遅くなっても慌てる事も無い。
規則に雁字搦めにされていた此れ迄の窮屈な生活とはもう違う。なのに
自身の心は何も変わりはしなかった。

どっしりと立ちはだかる切妻反り破風造りの四脚門の先には また別の世界がある。
威風堂々とした武家屋敷は 一体何処まで屋敷が続いて居るのかすら分からない。
深い緑色の広大な池には 色取り取りの輝く鱗を閃かせて鯉が泳いでいる。
其処彼処に鮮やかな自生の花が咲き誇り 大気は青竹の澄んだ香りに満ちている。
酒蔵なのか大きな木の樽が積み上げられた場所が在り 其の一帯には酒の芳香が強く立ち籠めていた。
時折 黒尽くめの男の姿を見た。
此処に居る男達は皆同じに見える。浅黒い肌、尖った耳、突き出した牙 ―
あの時 音も立てずに三人を包囲した男達は滅多に其の姿を見せない。
此の広い屋敷の中に 其の「気配」を感じるだけだ。
点在する「気配」 ―
獣とも人ともつかない気配を感じる。

蒼い眼の男の姿は一度も見ていない。
養子にはされたが、姓名まで変える気は無かった。
学校以外は与えられた此の部屋で一縷と二人で過ごした。
あれから 弐弧は日を追う毎に体力を取り戻していったが 反対に一縷は眠り込んで起きない日が増えた。
時折 紅い目が開かれていたが、視線は虚で何も見ていない。
一縷はただ其処に「在る」だけで 「人」では無い。「物」だ。

何も変わらない ― 何一つとして

其の姿を見るのが辛くて 目を背ける事もあった。
自分だけが普通の暮らしを手に入れた事に 罪悪感を覚え始めていたのかも知れない。

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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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