第67話 皇祀貴

文字数 2,151文字

アキの興味は試さずとも分かり切った事だ。
半分を殺し 半分に殺される。
もうどうやっても 届かないのか。無力な儘 終えるしかないのか。
「情けないツラすんな
「何一人で抱え込もうとしてんだよ
「お前が何したって俺の知った事じゃねーし 俺が何したってお前の知った事か?
「自分の行動に責任も取れねーようないい加減なヤツとつるんだりしねーだろフツー」
   慧
「お前さー 全然自分の「力」、信用してないのな」
当然だろう。こんな態で 信用など出来る訳がない。
「しっかりしろよ お前は強く生きてんじゃん
「目つきは悪いし 性格はひねくれてるし 阿呆な事ばっか言うけど」
   慧ー !!!
「そうそう、それな」
殺傷能力すらありそうな憤懣の目で応じた弐弧に対して 慧は然も楽しげに笑った。

「此処の奴等だって 大半は逃げおおせたし
「お前もそうだろ?
「俺たちは邪な気配に敏感なんだよな」

―  何だ そうだったのか。
皆 上手く逃げ延びていたのか。何も出来ない儘、大勢を見殺しにしてしまったと勝手に嘆いて、無力な自分に勝手に自棄を起こして  馬鹿みたいだ。
良かった。
其れだけ聞けばもう十分だ。
少し前から体が冷たくなって 感覚が失われてきている。
引き金を引く指は何時の間にか止まっていた。恐怖は無かった。キン と澄んだ冷気が 負の熱に冒された体を冷ましてくれる。
藻掻き苦しみながらも 此処までやってこれた。
今日 其の言葉を聞けただけで 自身の心はもう十分救われた。

強張っていた体から力が抜けて 弐弧は降りしきる雪の中に深く白い息を吐き出した。
   …  ?!
散り往く花弁の様に白い雪が暗闇を舞い ふわと上がった自身の

に驚かされて目を瞠った と同時にパキパキパキと何かが凍り付く音が聞こえ ― 辺りは瞬く間に驚愕の様相を呈していた。
二人から二メートルと離れていない所に ずらりと氷の彫像が並んでいる。其れは 周囲を埋め尽くしていたが 中に醜悪な化け物が閉じ込められているとは思えない程美しかった。一面青白く浮かび上がった氷像に覆われて まるで光り輝く水晶窟だ。
ひゅうううぅ と風雪が鳴き、闇の中に現れた惑星の環を思わせる幻想的な蒼い環が 居並ぶ彫像を氷片に変えた。
衝撃波は放射状に広がり 叩き付けられた粉砕音の凄まじさに 自分の体まで粉々になったかの様な錯覚を起こした。

「うぃーす♪お二人さん。やってっかー?」

街中で知り合いにでも出くわしたかの様に気易い声がかかり
吹き荒ぶ雪の中に 悪戯っぽい笑みを浮かべたあのチャラ男が立っている。

「おっせーわ 馬鹿」
白い吐息と共に返す抑揚の無い声は 確固たる自信に満ちていた。

「いやいや何言ってんの
「真打ちってそー言うもんっしょ
「お前はもう一寸俺の有り難みを分かれ」
華やかな容姿を持った此の少年は 先端に武器と成り得る大きさの氷の結晶が複雑に合わさった美しい氷細工の槍らしきものを手にしていたが 其の先端は 旋律の様に氷が立てる音を伴って刻一刻と姿を変え 幻想を見る者を魅了した。
「んー… ?
「あー、うんうん」
慧は歯切れの悪い返答をしたが 其処には気心の知れた相手の言葉に対する慣れが見て取れる。
「腹立つなお前」
口ではそう言いながらも 馴染みの返答に余裕を表す笑みと、声音にはやはり同じ響きがあり 旧知の仲らしいと知れた。
「弐弧
チャラ男に不意に名を呼ばれ 習性で険悪な目を返す。
「お前は回避能力に特化してっから 敢えて何も言わねーでおくわ」
いやに上から目線の言われ様だったが 見た目の軽さとは違い、此のチャラ男には反論を許さない威厳が備わっている。
「慧 お前は変な攻撃してくっからうろちょろすんな
「路傍の石っころみてーに其の辺で転がってろ」
慧は返事をする代わりに、無言で小さく肩を竦めて承諾を表した。

「お前も知っての通り 俺達「鬼」は 動くものに惹き付けられる」

「だよな?
「三下君」
冷ややかな威圧を込めて 皇祀貴は蒼い目を悪戯っぽく細めた。
「… へーえ? 此れは驚いたな
「皇祀貴 ― 蒼連会魅鹿(みろく)の長がこんな辺境にお出ましとは、恐れ入ったわ
「学生してるってのは聞いてたんだけどよ
「長ってのはよっぽど暇なんだな」
衝撃波に因って 陥没した道路の高低差は疾うに無くなっている。ものの数分で、眼前には見渡す限り白銀の世界が広がっていた。
仄かな青白い光を放つ氷柱が 彼方此方に聳え立ち 身を切る様な風雪が吹き荒ぶ。
下に降り立ったアキは毅然と立ち 氷柱の上から身を乗り出して威丈高に見下ろす、同じ蒼い眼をした高貴な少年の視線を真っ向から受け止めた。
「あ?ちゃんと敬意を表せよ
「頭が(たけ)ーわ」
弐弧と慧がゲーセンで出会った時と何ら変わりない態度で 切迫した状況にも関わらず 声音には、此れから始まる戦いへの高揚すら感じられた。
「気に入らねーなら
「今直ぐそっから下ろしてやんよ」
半面に歪んだ恐ろしい笑みを浮かべ アキの眼が獰猛に耀く。緞帳が上がる様に蒼い炎が燃え立つと 二体の巨大な鎧武者が炎の中から姿を現した。咆吼が大気を激しく震わせ 雪煙が高く舞い上がり 声の砲弾を受けて叩き割られた氷柱は 地面に其の跡だけを残した。

「いざ 開戦~ってな♪」

貪欲なまでに刺激を求める祀貴の笑みは ますます顔に広がっていった。

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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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